「 夢ＳＳ 〜 刑事物語？ 〜 」
お嬢 （名前は不明なので仮名。 ボブカットの似合う、黒い短髪の女の子）は、とても焦っていた。
お嬢はまだ１８歳だが、刑事になって２年は経つ。 今まで数々の修羅場を潜ってきたし、犯人との銃撃戦の末、撃たれたコトもある。
……だが、今はそれ以上のピンチだと、お嬢は思った。
そうだ…。 あの時は、部下のだーしゅ （やはり夢での名前は不明なので、仮名）がいてくれた。
だからこそ、今、自分は生きてココにいられると、そう思っている。
普段はボケてばかりで頼り甲斐もないし、かなりのエロだし、ロクでもない男ではあるが…。 不本意ながら、いざと言う時は頼ってしまう部下なのだ。
そして、ピンチの今こそ、その部下を呼ぶトコロなのだが……お嬢には、呼べない理由があった。
だーしゅが来てくれれば助かる…そう思う。 だけど呼ぶ事が出来ない。
なにせ、ココは……と、深い思考に紛れ込む前に、『ドンドンッ！』 と、ドアを叩く音が遠く聞こえた。
「お嬢、お嬢っ！ すっげー時間かかってますけど、だ、だいじょーぶですかーっ！？
それとも……メチャクチャ固いだけっすか！？」
そんな声に、握り締めた拳を震わせ、真っ赤になるお嬢。 …あ、あの男は……で、デリカシーのカケラもないのかっ！？
ここには、他に人がいないのは確認してある。 …もしいたのなら、恥を忍んで助けを求めているし。
だが…誰もいないにしろ、大声で『固い』だの言う必要はないだろうっ！？
そして、多少固い……いやいや。 お通じの調子が宜しくないお嬢は、その場……トイレに座ったまま、頭を抱えた。
急に便意をもよおしたお嬢が、恥を忍んで公園のトイレに駆け込んだのが、３０分前。 …確かに、心配されても仕方のない時間だ。
『ドンドンッ！！』と、ドアを叩く音は、段々と大きくなっている。
「お嬢、お嬢っ！ 何か問題があったなら、言ってクダサイっ！！」
「う、ウルサイ！ 何の問題もないから、騒ぐなぁっ！！ …い、今行くから、待ってなさいっ！！」
それだけ言って、お嬢は目の前を睨むように見つめた。 そこにあるのは、今回のピンチの正体……トイレットペーパーだ。
…いや、あると言っても、芯だけだが。 用を足し終えて、ふと見ると…あるべきハズのトイレットペーパーが無かったのだ。
不幸なコトに、ちょうどティッシュを切らしていた。 小だけだった（…固い故に）とは言え、何もしないでトイレから出るのは不衛生だ…と言うか、気持ち悪い。
それに、下着が汚れるのは頂けない。 多少過敏にキレイ好きなお嬢にとって、それだけは譲れなかった。
…とは言っても、外にはデリカシーのカケラもない部下が待っている。
このまま誰かが来るのを待っていたら、男子にとっては聖域とも言える女子トイレの中だろうが、踏み込みかねない。
……いや、ヤツなら絶対に来る……お嬢は、もう一度頭を抱えた。
デリカシーも深い考えもナイ男だが、正義感らしきモノだけは、人一倍……いや。 人十倍はあるのだ。
もしヤツが踏み込み、こんな姿を見られたら……お嬢は真っ赤になり、ブンブンと首を振る。
そして、紙のないトイレットペーパーの芯を１０秒ほど睨みつけた後…お嬢は決断した。
「お嬢っ！？ ああ、良かった…無事だったんすね？」
「だから……トイレで何の危険があると言うのよ？」
「えーと、盗撮とか？」
…それは確かに、凄まじく危険だ。 思わず、取って返して隠しカメラなりがないか、隅々までチェックしたくなったが…今のお嬢に、そんな余裕は無かった。
「…とまあ、それは冗談としても…ほら。 トイレで『アレ』が起こって、気絶してるのかと心配したんすよ」
「あ、ああ……アレね」
確かに今までにも、何回か『アレ』で気絶したコトがあった。 それを知っているだーしゅが心配するのも仕方ないか…と、お嬢はため息。
「…大丈夫、アレは起こらなかったから。
そ、それより私、チョット急用が出来たの。 す、少し時間がかかるから、３０分後にまたココに集合ね」
「え？ でも、勤務中っすよ？」
「い、いいから、復唱っ！」
「は、はい。 では３０分後に、ここに集合します」
だーしゅは敬礼をする。 だーしゅの方が４つほど歳上なのだが、お嬢の方が階級が上なのだ。
「よ、ヨロシイ。 …そ、それじゃ、ちょっと行ってくるけど…追ってきたらダメよ！？」
「はぁ…ワカリマシタ。 でも、お嬢…。 その…ナゼに、大マタ歩行？」
「…文句ある？」
そう言って振り返ろうとしたお嬢だったが、ナゼか大マタで歩いていたので、体勢を崩してしまう。
更には、珍しくヒールなどを履いていたモノで、体勢を立て直すコトも出来ずに、前のめりに倒れこむ。 『ビタンッ』と、いい音を立てた。 慌てて駆け寄る、だーしゅ。
「だ、大丈夫ですか、お嬢！！ お、おじょ………う？」
「い、イタタ……。 も、もう…呼び止めるから転んじゃったじゃない。 ……って、ナニよ？」
心配して駆け寄っただーしゅが、ナゼか凍ったように動きを止めていたので、首を傾げるお嬢。 その視線を追って行くと……自分の下半身に辿り着いた。
少し長めのスカートは、転んだ拍子にかなり豪快にめくれていた。 普通なら、パンチラいやーんな状況なのだが……ナゼかだーしゅに見えたのは、肌色のみ。
そう…トイレで拭けなかったお嬢は、汚れるくらいならと、下着を脱いでいたのだった。
お嬢がその事実に考え至るまでに、おおよそ１０秒ほどの時間がかかった。 その間、ジックリと観察されてたりする。
「………い、いやーーーーーっ！！！！」
…と叫んだのは、転んでから１１秒後。 真っ赤になって、スカートを押さえるお嬢。 未だに動きの止まっているだーしゅを睨みつけ、叫ぶように言った。
「み、みたっ！？」
「い、いいえっ！ …というか逆に、あるべきモノが見えなかったと言うかっ。
そんなに見事な黒髪なのに、下はツルツ…ふぎゃっ！？」
殴られた。 二重の意味で鼻血を出す、だーしゅ。 真っ赤な顔で、プルプルと振るえる、お嬢。
「わ、忘れなさい！！ いい？ コレは上官命令よっ！！
……も、もうわたし、二度とヒールなんて履かないからっ！」
「そ、そうっすね…。 でも、下着は穿いた方が良いと思……ふぎょっ！？」
また殴られた。 さっきよりも強く。 そして倒れたトコロを、ヒールでグリグリと踏まれる。
「わあっ！！？？ じ、自分も、ヒールを履かないのは大賛成っす！ と、尖ってるから、すげー痛いし！
…てか、そんなコトしたら、またツルツルのが見えてる……ふぎゅっ！！？？」
だーしゅを蹴って、クルリと仰向けにさせる。 そして今度は、背中をグリグリと、ヒールのカカトで踏み込んだ。
「……忘れろって言ったでしょ？」
「ああ、忘れましたっ、忘れましたっ！！ てか、背中はヤヴァイっすっ！ 選手生命に関わるしっ！！
……あー、でも、なんかイイ！？」
「良くないっ！！」
『ゲシッ！！』と、今度は蹴られる。 ワイヤーアクションも真っ青な勢いで、吹っ飛ぶだーしゅ。 漫画のように壁に貼りつき、ズルズルと崩れ落ちる。
一方のお嬢は、恥ずかしいやら情けないやらで、薄っすら涙ぐんでいた。
それを見ただーしゅは、いたるトコロから血を流しつつも（鼻血がイチバン多かった）、ヨロヨロと立ち上がる。
そして、涙目になってるお嬢に、痛みをこらえて笑ってみせた。
「えーと…これ、ティッシュ。 使ってクダサイ。 俺、あっちで待ってるんで、ゆっくりでもいーっすよ」
「……急がせたのは、あなたでしょ？」
「グスッ」っと、鼻を鳴らす、お嬢。 普段はヌケてるくせに、こーゆー時だけ鋭くて…しかも優しいだーしゅが苦手だった。
少し考えた後、お嬢は素直にティッシュを受け取った。 それを見て、だーしゅが微笑む。
「…ナニよ。 笑いたければ笑えばいいでしょ？」
「いやー、笑うトコなんてないっすよ。 一つナゾが解けて、良かったなーとは思うけど」
「……ナニよ、ナゾって」
「いやぁ。 付き合って半年になるのに、何で頑なに拒むかなーと思ったら……それが恥ずかしかったのかなぁと。
そーっすよね。 触られたり見られたりしたら、ツルツルがバレ…ふぎょっ！！？？」
…今度はハイキックだった。 ヒールのカカトが折れるほどの、強烈なヤツだ。 お嬢は、こんな時だけ鋭いだーしゅが大嫌いだった。
「……忘れろって言ったでしょ？」
「……ハイ。 ホカニモ、イロンナコトが脳からナガレデテルカンジデス……」
…ガクっ。 ついにだーしゅは動かなくなった。 ピクピクとケイレンするだーしゅを見て、サスガのお嬢も、やり過ぎたかと思う。
だが、ノーパンで介抱するのも恥ずかしすぎだ。 まずは、取り合えずパンツを穿こうとトイレに向かうと…その前に、激しい頭痛が襲ってきた。
「……うあっ！？」
…この痛みは知っている。 もう何度も体験している痛みだ。 お嬢は、頭を抱えてうずくまる。
「…お嬢っ！？」
アチコチから血を流しながらも、だーしゅが駆け寄ってきた。 心配そうに、お嬢を抱き上げる。
…普段はドンクサイくせに、こーゆー時だけ素早くて…そして優しいだーしゅを、お嬢は少しだけ気に入っていた。
痛みの中でも少しだけ笑って、お嬢は気を失った。
お嬢は夢を見た。 そこでのお嬢は、ドコにでもいるが、どこにもいない…まるで空気のような存在となる。
その空気は見た。 最初は、男女が出会う瞬間だ。 噴水の前で出合った男女は、まるで運命のように一瞬で恋に落ちる。
そして、２ヶ月で見事に子供ができたので、出来ちゃった結婚をするコトとなった。
だが、進展が早かった反面、愛が冷めるのも早かった。 結婚１年後、子供が生まれると同時に、二人は別れるコトとなる。
愛の結晶であるはずの子供は、その愛をマッタク受けず…いや、むしろ邪魔者扱いをされて育つ。 子供は、当然のようにヒネくれた。
そのヒネたその子は、やがて世界を憎み、テロリストとして活動を始める。 そして小さな事件を起こすのだが…それが戦争が始まる切っ掛けとなってしまう。
最初は小さな事件。 そして小さな戦争だったが…やがて、全世界に飛び火するような、大戦争となる。 世界は荒廃し、ついには核が飛び交う状況となった。
空気となって、その光景を見つめていたお嬢。 その空気が死の灰に汚染されていくにつれ、段々と意識が薄れていった…。
お嬢が目を覚ますと、目の前にだーしゅの顔があった。 嬉しそうに微笑まれたので、顔を赤くするお嬢。
その様子が可愛かったので、笑いそうになるだーしゅだったが、お嬢に睨まれたので、慌てて真顔になる。
「え、えーと……今度こそ、『アレ』すっか？」
「…ええ、『アレ』よ。 最近なかったから油断してたけど…今回は、滅茶苦茶ヘビーだったわ…」
…と、二人してさっきから『アレアレ』言ってるのは、別にエロい事でも、女性に月に一度やってくる『アレ』でもなく……なんと、予知夢の事だった。
そう。 お嬢は、予知が出来る人だったのだ！
とは言っても、生まれつきの能力ではない。 とある事件以降、夢でこれから起こる事象を見るようになってしまったのだ。
予知と言うと便利そうだが、お嬢にとっては邪魔でしかなかった。 まず、予知を見る前には、頭痛がして意識が飛ぶ。 …これが、かなりイタイ。
さらには、視る未来を自分では選べない。 いつどこで、どんな未来の情報が視えるのか分からないのがタマに傷。 だが、放って置けば必ず起こる予知なのだ。
ちなみに、この能力のコトを打ち明けてあるのは、だーしゅ一人。 その時だーしゅは、バカにするでもなく、今までで一番真剣な顔を見せて、こう言った。
「…それは、明日のレースの勝ち馬が視えたりはしないんすか？」
…その時の、赤エンピツと競馬新聞を手にしただーしゅの姿を思い出し…お嬢はため息を吐いた。
「…メチャクチャブルーな顔してますけど……そんなにヘビーな予知だったんすか？」
…イロイロ言いたいコトのあるお嬢であったが、首を振っただけで何も言わないでおいた。 その代わり、夢の内容を語った。
夢の全てを話すと、だーしゅは難しい顔をする。
「…ムズイっすね、それを止めるのは。 よーするに、戦争のない世界を創ろうってコトっすか？」
「…違うでしょ。 いえ、違わないけど…そんなの、私たちにはムリでしょ？
そうじゃなくて、要は子供が生まれなきゃ良いの。 あの二人、もうスグ出会うみたいだから…それを阻止するのよ」
そう、出会いもなければ結婚もないし、子供も生まれない。 世界戦争の火蓋は、切って落とされないのだ。
「いやでも、折角生まれる子供なのになぁ…。 現代の少子化は深刻っすよ？」
「…世界戦争が起こったら、少子化ドコロの騒ぎじゃなくなるわよ」
…でもまあ、自分が見た予知夢とは言え、半信半疑であったりする、お嬢であった。
これから生まれる子供が、世界戦争を引き起こすだなんて……自分がそう言われたら、『映画の観すぎよ』などと言って、鼻で笑い返しているだろうと思う。
だがそんな迷いを見切ったように、だーしゅは真面目な顔で頷いた。
「確かに、世界大戦は大変っすよね！ 刑事の仕事は、平和と治安を守るコトっすし…それは断固止めないと！」
グッと拳を握り締めるだーしゅを見て、お嬢は苦笑。 いつも、自分が迷っている時に、背中を押してくれるのが、この男なのだ。
「…そうね、それじゃ行きましょうか」
立ち上がり、歩こうとするお嬢。 …だが、イロイロとあったので、ヒールのカカトが折れてるコトをスッカリ忘れていた。
カカトのない靴で立とうとした結果、またもや見事にバランスを崩した。
「き、きゃあっ！？」
『ビタンッ』と、景気の良い音を立て、顔から転んだ。 痛む鼻を押さえていると……さっきも感じた、下半身の涼しさ。
もやはお約束のよーに、見事にスカートがめくれ上がっていた。 真っ赤な顔をして、スカートを押さえるお嬢。
「……ま、また見たわねっ！！？？」
「…い、いえその……だ、大丈夫っす！ 自分は、薄い方が好きだ…かぎょっ！！？？」
見事なカカト落としが、だーしゅの脳天に突き刺さった。
それから三十分後…。 ドコで買ったか、運動靴姿のお嬢と、頭にドでかいコブをこしらえただーしゅが来たのは、とある公園。
そこが、男女が出会う現場だ。 詳しい日時は分からないが、そろそろ……と思っていると、お嬢の夢に出た二人がやってきた。
「…あっ、あの子よっ。 それと、あっちのから来る男が、この噴水前で出会うの」
「んで、お互い一目ボレっすか？ そりゃまた、ずい分と運命的っすねー」
「運命だろうがナンだろうが、止めないとダメでしょ！？ 私は男の方を止めるから、だーしゅはアッチをお願いっ」
「え？ …い、いやでも、どーやって止めれば？」
「普通に、いつも通りに止めればいいでしょっ？」
そう言い残して、お嬢は男の方へ走った。
「い、いつもどーりと言われても…」 オロオロとするだーしゅに、刻々と女性が近づいてくる。
困り果てただーしゅだったが、女性が目の前まで来たので、仕方なく意を決する。 『ビシッ』っと、親指を立てて言った。
「へ、へい、彼女。 一緒に、お茶しない？」
『ズザザーッ』と、それを聞いたお嬢が、塁も無いのにダイビングヘッド。 最初はキョトンとした女性だったが、やがて『…プッ』と笑った。
「なにそれ、ナンパ？ またズイブンと古臭いのね」
「い、いやー。 ナンパと言うかナンと言うか…ふぎゃっ！？」
お嬢の飛びヒザ蹴りが炸裂した。 たった一撃で、だーしゅは沈む。 ピクピクとケイレンしている襟首を掴み上げ、叫ぶ様に言った。
「あ、あんたねぇ……どーして、いきなりナンパなのよ！？」
「い、いやでも、足止めしろって言うっすから…」
「いつものよーにやれば良いって言ったでしょ！？ それともあなた、いつもナンパしてるの！？」
般若のようなお嬢に、ブンブンとスゴイ勢いで首を振る、だーしゅ。
「い、いやだなー、お嬢。 ナンパなんて、そんなにしてないっすよ。
…と言うか、いつものよーにと言われても、女性の足止めなんてした事ないし」
「…小さく、『そんなに』って言ったのが気になるけど……まあ良いわ。
あなた、刑事でしょ？ 手帳を見せて、職務質問でもすれば良いじゃない」
「おおうっ！」
『ポンッ』と、手を叩くだーしゅ。 マッタクサッパリ思い浮かばなかったらしい。 はぁ…と、深いため息を吐く、お嬢。
そんな漫才を横目に、女性は二人の横を通り過ぎた。 そして結局、噴水前にて男女は出会ってしまう。 見事な一目惚れが達成された瞬間である。
「…運命の出会いってヤツっすねー」
「なんて関心してる場合じゃないでしょ！？」
だが、運命と言うのはやっかいだ。 今までの経験上、多少の誤差（今回なら、だーしゅのナンパ）は、世界がムリヤリに正しい方へと修正しようとするらしい。
運命…起こるべきして起こる未来を変えるのは、タイヘンなのだ。
ベンチに座り、仲良く話しをする二人を見つめながら、お嬢が言った。
「…ねぇ。 あなたの能力で、何とかならない？」
「んー、どうやって使うかが問題っすねー。 使えるよーで、使えない能力っすから」
そう…実は、お嬢だけではなく、だーしゅも特殊な能力を持っていたのだ。 やはり、生まれつきの能力ではなく、とある事件の後に目覚めた力。
それは時を止める能力だ。 と言っても、イロイロと制限がつくのだが。
「そうね…まだお互い、名前も住所も知らないワケだし。 時間を止めて、その間に遠くに引き離しちゃうとか？」
「でも、止められるのは２分くらいっすよ？ 二人ともベンチに座ってるし、さすがにムリじゃないかと。
止まった時の中じゃ、モノを動かすのもタイヘンっすしね」
…と、解説したような制限がある。 止められるのは２分ほど。 そして、その時に動いていないモノは動かせないのだ。
どんなに軽いモノでも、動いている状態で時を止めないと、動かせない。 歩いてる時ならともかく、ベンチに座ってる人は動かせないのだ。
ちなみに、機械も同様なので、止まった時の中では車の運転などはできない。 銃も、モチロン撃てない。
『…正確には、時を止めるんじゃないのね。 時を前じゃなくて、横へのベクトルに変える世界を、２分だけ創るのよ。
だから、止まる前の運動エネルギーのベクトルを変える事はできても、新たなエネルギーを生み出すコトが出来ない…そんなトコロじゃないかしら？』
能力のコトを最初に打ち明けた時、お嬢からはそんな返事が返って来た。 …まあ、だーしゅにはチンプンカンプンで、頭からケムリが出たモノだが。
要するに……２分だけ周りの動きを止めるコトが出来る。
そして、止めた時に動いていないモノは動かせない…と、それだけ分かっていれば十分だと、だーしゅは思っていた。
…さて、話は元に戻る。 イロイロと、だーしゅの能力の使い道を考えていたお嬢であったが、結局浮かばなかったらしい。
ため息を吐き、軽く首を振った。
「…はぁ。 使えそうで使えないのよねぇ……本体と一緒で」
「…本体って、自分のコトっすか？」
自分の鼻を指差す、だーしゅ。 お嬢はプイッとソッポを向いたが、それが正解であることは疑いようもあるまい。
でも、役に立たない能力ランキングなら、いつどんな未来が視えるか分からない予知も同レベルだよなぁ…と言いたいトコロを、４歳年上の度量で押さえつける。
…まあ、単にお嬢が怖いだけとゆー話もあるが。
「ああ、そっすよ。 お嬢が、『な、ナニよその女っ！ 私との熱い一夜は遊びだったの！？』
……とか叫べば、仲が悪くなりそうじゃないっすか？」
「…まあ、基本な作戦ね。
でもザンネン。 私もあなたも、顔を知られちゃったし。 今更騙されないわよ、きっと」
目の前で、飛びヒザ食らって倒れた男と、倒した女…そうそう忘れるコトはないだろう。 二人が悩んでる間にも、出合った男女は、さらに仲良くなりつつあるようだ。
「…マズイわね…今、携帯の番号を交換したみたいよ。
やっぱり、運命を変えるのは難しいわ…」
「そーっすね。 でも、どーせ後で別れるんすよね？ なら、今すぐ別れてくれれば、コッチも楽なんすけどねー」
「…え？」 と、お嬢。 少し考え、ポンと手を叩く。
「…そうよっ！ 今、別れてもらえば良いのよ！
別れる時期を早めるだけなら、運命に逆らうワケじゃないし……もしかしたら、上手く行くかも！」
「いやそんな…。 あんなラブラブなのに、いきなり別れてくれますかね？」
イチャイチャと楽しそうに会話する二人を指差し、だーしゅが言った。 お嬢は、大きくうなずく。
「ええ、タブン大丈夫よ。 二人が別れる原因も、ちゃんと視てたんだから」
「へぇ…。 あんなに仲が良いのに、どんな理由で別れんすか？」
「ええと、確か…………彼氏が冷蔵庫に入れておいたバニラアイスを、彼女が勝手に食べたのが原因よ」
…お嬢の言葉を、脳内でタップリ反芻した後。 だーしゅは呟くように言った。
「……つまり、アイスが世界を滅ぼすワケっすね？」
「まあ、結果的にはそうなったみたいね。 でも、そんな未来は私が許さないわっ！
それじゃ、早く！ アイスを調達してきて！」
「そ、そんな都合よく、アイスがあるわけ…」
「えー、アイスー。 アイスはいらんかねー」
メチャクチャ都合よく、アイス屋さんが、後ろを通りがかった。 顔を見合わせる、だーしゅとお嬢。
「ほら、運命も私たちの味方をしてるわ。 さあ早く！ 時を止めて、あのアイスを強だ……徴発するのっ！」
「…刑事が、んなコトして良いンすかね？」
とは言え、このままでは世界の危機だ。 仕方なくだーしゅは、時を止めるポーズを構えた。
特殊なそのポーズは、傍目から見たら、『ズギャーーンッ』な感じ。 そしてだーしゅは、高らかにこう唱えた。
「 ザ・ワールド！ 時よ止まれぇいっ！！ 」
気合の入った声に、本当に世界の動きが止まった。 噴水の水も…風の流れですらも。
「…にしても、そのポーズと掛け声は、何とかならないの？」
「いや、コレは重要っすっ！ コレだけは、お嬢がナンと言っても譲れないっすっ！！」
そう力説しつつも、力いっぱい拳を握り締めるだーしゅを見て、お嬢はため息を吐いた。
ちなみに…この空間は、能力者には効かないようで。 予知能力者のお嬢も、だーしゅが止めた時間の中で、動くコトが出来るのだ。
二人は、止まったアイス屋のおじさんから、アイスを奪取…ではなく、徴発。 そして、騒がれるとやっかいなので、猿ぐつわをする。
ついでに手足を縛り、ちょうど近くにあった茂みの中に押し込んだ。
「取り合えず、アイスは確保しましたけど…。 コレから、どーします？」
「ええ、作戦は考えてあるわ。 あなたは、これから言う指示の通り動いてね」
『ボスッ』っと帽子で顔を隠させ、小声で耳打ちする、お嬢。
…まあ、時はまだ止まってるので、大声でも誰も聞くことはできないのだが…こーゆーのは、気分の問題なのだ。
作戦を全て聞いた後、だーしゅは不信顔で首を傾げた。
「…それで上手く行くっすかね？」
「行かせるのが、あなたの役目よ。 さあ…そろそろ時が動き出すし、行きなさい」
『パンッ』と、少し強めに、だーしゅの背中を叩いた。 自信なさげに、うなずくだーしゅ。 すると、それと同時に世界が動き出す。
「えー…アイスー、アイスー。 アイスはいらんかねー」
顔がバレないように、帽子を深くかぶった、だーしゅ。 アイスボックスを手に、運命の男女の下へと歩いていった。
すると、さすがは今ウワサのアイス好きカップル。 二人して、素早く手を上げた。
「「すいませーん、アイス下さい」」
「はいよー。 バニラと抹茶があるけど、どれにする？」
「「バニラで」」
見事に声がハモった。 …さすが、アイスで別れる二人だけはあると思った。 バニラは基本ゆえ、この味が分かるモノこそが、通と言えるのだ。
「はいはい、バニラが二つね。 ………あー、悪いけど、バニラは一つしかないね。 もう一本は、抹茶じゃダメかい？」
だーしゅの言葉に、顔を見合わせる二人。 どちらも抹茶じゃダメなのは、一目瞭然だった。
「…キミは、そんなにバニラが好きじゃないだろ？ 次はオゴルから、今回は抹茶にしたら？」
「…あら。 なぜ勝手に好きじゃないって決めつけるの？ 私、バニラがダイスキよ。
少なくとも…ムリヤリ抹茶を押し付ける男よりはねっ」
「な、なんだよ！ 俺の方が絶対バニラが好きだ！ 今回は諦めろよっ」
「なんで、そんなコト決め付けるのよ！？ 私の方が、絶対バニラ好きよっ！！」
…穴だらけだと思った作戦だったが、見事、イイ感じに揉める二人。
やがて、プイッと顔を背けたかと思うと、お互い足早に立ち去って行った。
取り出したは良いが、恥をかいたバニラを一口食べて、だーしゅは呟くように言った。
「…バニラが世界を救ったっす…」
「…と言うか、世界を破滅に導くのも、バニラアイスだったらしいけどね」
いつの間にか、だーしゅの背後に来ていたお嬢が言った。 だーしゅは、残った抹茶アイスをお嬢に渡しながら、口を開いた。
「道具じゃなくて、それを使う人が需要なんすよ。
例えアイスだって、使う人が使えば世界を救うコトも、滅ぼすことも出来る…そう言うコトっすね」
「……アイスで滅んじゃう世界って…」
そう呟き、パクリと抹茶アイスに齧り付く。 …お嬢は、お茶が好きな人であった。
だが、抹茶アイスを食べるその顔は、少し寂しそうだった。 「…お嬢？」 だーしゅが心配して覗き込むと、少し寂しげに笑った。
「ううん…。 運命の二人だったはずが、アイス一つでこんなにも簡単に別れちゃうのが、ちょっと…ね。
…しょせん、男女の愛情なんて、こんなモノなのかしら？」
「そーっすねぇ。 最近は離婚も増えてるし、そーゆーモノかも知れないっすね」
「…そうよね…」 そう呟いたお嬢は、更に寂しげだった。 だから、だーしゅは微笑んで言葉を続ける。
「でもまあ、そーじゃない人もいるっすよ。 例えば、自分とか。
自分は、お嬢の側を離れたりはしないっす」
そんな言葉に、真っ赤になる、お嬢。 赤い顔を見られたくなくて、プイッっとそっぽを向く。 見事なツンデレぶりだった。
「…な、なによ。 さっきは、ズイブンと熱心にナンパしてたせに？」
「い、いや、やれって言ったのはお嬢だし…」
「ナンパしろなんて言ってないわよっ」
そうして少し見つめ合った後、二人でクスッと笑った。
そして、少し恥ずかしそうに…上目遣いにだーしゅを見上げ、お嬢は恐る恐ると言った感じに、口を開いた。
「…それじゃ、これからもずっと助けてくれる？」
「モチロン助けるっすよ。 最初に会った時、約束したから。
お嬢も約束どおり、女性初の警視総監になってもらわないと」
その答えは、淀みなく早かった。 お嬢は安心したように笑った。
「ふふ…。 そう言えば、そんな約束もしたわね」
「そうっすよ。 お嬢が警視総監になったら、知り合いに自慢できるし。 頑張ってもらわないと」
「なによ、自慢するだけ？ 自分も偉くしろとか言わないの？」
「いやー、自分は今の場所が一番合ってるっすから。
上から指示するよりも、こーやって歩き回ってる方が、性に合ってるっすしね」
「そう……あなたらしいわね」
そう言って、少し寂しげに笑った後。 お嬢は、ふと過去のコトを思い出していた。
だーしゅと出合った時のコト…。 そして、自分に予知の能力が宿った事件のコトを。
・・・続く