＜ ４ ＞
放課後。 天羽さんと部室で準備をしてから、急いで校庭に向かった。
東由利は、部活を休む報告をしてから来るらしい。 弓倉も一緒だろうから、まだ誰もいないだろう。
‥そう思ったのだが、そこには以外な人物が待っていた。
「あっ、上岡さ〜ん、天羽さ〜ん。 ここですここ〜！」
そう言って元気に手を振ってるのは、さやかだった。 思わず、天羽さんと顔を見合わせる。
「こんにちは！ 今日は宜しくお願いします！」
さやかは、元気に走って来てそう言っては、これまた元気良く頭を下げる。
「は、はぁ‥宜しく‥」
「って、そうじゃないでしょ！？ 上岡くん！」
思わず釣られて頭を下げると、天羽さんがコワイ顔で言った。
「そ、そうだったね。 え、えっと‥‥さやかちゃんは、何しに来たの？」
「何しに‥って、取材のお手伝いですよ、モチロン。
お姉ちゃんじゃ取材なんて無理だろうし、ですから私がお手伝いしないと！」
そう言って、ガッツポーズをとる、さやか。 それは、頼もしいってより可愛い感じだった。
「て、手伝いって‥‥。 取材の事、一体誰から聞いたの？」
「モチロン、鼓ちゃんです。 ‥あっ、噂をすれば影ですね。 お姉ちゃん達来ましたよ」
そう言って、また元気に手を振る、さやか。 それを見て、走ってきた東由利、弓倉ペアがスピードを上げる。
「ち、ちょっと、さやか！ なんであなたがココにいるの！？」
来るなり弓倉‥姉の方が言った。 弓倉妹は、悪びれた様子もなく口を開く。
「なにって、取材のお手伝い。 お姉ちゃんは引っ込み思案だし、取材なんて無理でしょ？」
「そ、それは‥あんまり得意とは言わないけど‥‥。 で、でも、鼓が一緒だし大丈夫よ」
「でも、人手は多い方が良いでしょ？ 鼓ちゃんだって、取材なんて慣れてないだろうし」
「そ、それはそうだけど‥で、でも、いきなり人が増えたら、上岡くんとか天羽さんにも迷惑が‥」
「それなら、上岡さんに聞いてみましょ。 それで良いって言えば、お姉ちゃんも文句ないよね？
どうですか、上岡さん？」
‥どうやら姉妹対決は、妹有利の状況で判定に持ち越されたらしい。 さやかは、勝利を確信した笑みを浮かべ僕を見つめる。
天羽さんの冷たい視線。 弓倉姉の申し訳なさそうな視線に晒されながら、断る理由を考えてみた。 でも、特に思いつかなかった。
ニコニコと笑う、さやかに釣られて、僕もちょっと引きつった笑いを浮かべながら、口を開いた。
「‥そ、そうだね。 じゃあ、手伝ってもらおうかな？」
「もう、上岡くん！ 良いの？ そんなに簡単に決めちゃって」
大方の予想通り、天羽さんがコワイ声で言った。
「で、でも、確かに東由利さんも亜希子さんも取材なんて慣れてないし‥一人でも増えれば、心強いかと思ったんだけど」
「そうですよ〜。 さすが上岡さんは、分かってる〜」
浮かれるさやかと、少し面白くなさそうな表情の天羽さん。 このままだと更に仲が険悪になりそうな気がして、慌てて口を開く。
「じ、じゃあ、早速取材をお願いするよ。 えっと‥これ、カメラ。 それと、これに取材して欲しい事が書いてあるから」
そう言って、部長から借りたカメラ（押すだけで撮れるヤツだ）と、昼休みにまとめておいた資料を、東由利に手渡す。
それを受け取って、一通り読んでから、東由利は頷いた。
「うん、分かった。 じゃあ、早速行ってくるね」
「うん。 それと、何か分からない事があったら、僕は校舎裏。 天羽さんは中庭にいるから聞きに来て」
「え？ 上岡さんと天羽さんは、別々なんですか？」
驚いた様に、さやかが言った。 僕は頷いて、口を開く。
「うん。 人手が少ないし、３手に別れての取材なんだ。 だから、僕も天羽さんも一人で取材だよ」
「なんだぁ。 それならそうと、早く言って下さい。 じゃあ私。 上岡さんの方を手伝います！」
そう言って、ぴょんと僕の腕にしがみついてくる、さやか。 満面の笑みだ。
相手が子供とは言え、こんな機会はあまり無かったのでドキっとする‥って、昨日もあったか。
‥昨日も‥‥そう言えば、昨日もこんな事があって、その時には‥‥。 そう考えると同時に、やはり背後から背筋が凍りそうな悪寒。
振り向くまでも無く、それは天羽さんの視線だった。 殺気すら感じるその視線を受けて、僕は慌ててさやかの腕を振りほどく。
「い、いや、僕は大丈夫だから‥。 さやかちゃんは、亜希子さん達の方を手伝ってくれないかな？」
「え〜？ でも、上岡さんもあまり社交的って感じがしないし‥。 私が手伝った方が良くありません？」
「‥そ、そう‥‥見える？」
「はい、バッチリ見えます！」
自分が社交的だなんて思わないけど‥でも、中学生の子に心配されるホドのレベルだったのか‥と、少し落ち込む。
さやかは元々イレギュラーだったし、ホントに手伝って貰おうか‥などと考えてると、背後からの悪寒が更に増してきた。
もう振り返るのもコワイほどの殺気に、慌てて首を振って口を開く。
「い、いや、ホントに、大丈夫！ 確かに僕は社交的じゃないけど、でも取材は天羽さんと一緒に何度かしてるから！
そ、それよりやっぱり、初めての二人の方が心配だよ。 そ、そっちを、手伝ってくれるかな？」
「そうですか？ 上岡さんがそう言うならそうします‥」と、さやかは、残念そうに引き下がった。
この子、結構素直だな‥。 でも、今はその素直さが、ありがたかった。 元気良く手を振るさやかに、僕も小さく手を振って答えた。
三人が行って、僕と天羽さんが残される。 殺気は弱まったとは言え、天羽さんからの冷たい視線は続く。
「あら、良かったの？ さやかちゃんに手伝ってもらわなくて」
天羽さんは、笑いながらそう言った。 けど、目は全然笑ってなかった。 ‥スゴクコワイ。
「い、いや。 やっぱり、あの二人の方が心配だしね。
僕は‥まあ、確かに取材が得意とは言わないけど。 でも、大丈夫だよ」
「取材もそうだけど、あの子と一緒にいたかったんじゃないの？ 随分、仲が宜しい様に感じましたけど？」
からかう様に言ったが、笑っていないその目は‥「何よ、でれでれ鼻の下伸ばしちゃって！」‥と、雄弁に語っていた。
「だ、だから、さやかちゃんとは別に‥ホントに、知り合って数日しか経ってないんだから」
「そう。 知り合って数日しか経たない女の子と、腕を組んだりするんだ。 上岡くんは」
「だ、だから、ホントにさやかちゃんとは別に‥‥。 あの子も、兄みたいにしか思ってないだろうし‥」
「そうかしら？ そんな風には見えなかったけどね。
でもいいわね〜。 上岡くんには、仲の良い可愛い女の子が一杯いて」
拗ねた様な口調。 それを聞いて、もしかして‥‥本当に、もしかしてだけど。 これは‥‥嫉妬、されてるんだろうか？ そう思った。
まさかそんな事は無いと思うけど、もしそうだとしたら、何を言ったら機嫌を直してくれるだろう？ 考えてみる。
「‥い、いや、まあ‥確かに、みんな可愛くないとは言わないけど‥。
で、でも、その中でも、天羽さんは一番可愛いんじゃないかな？」
誉めたらいいのではないかと考えつき、そう、慣れない事を言ってみる。 これで機嫌が直ってくれるといいんだけど‥と、僅かな期待を込めて。
でも、更に怒らせる可能性も大だ。 特に天羽さんの場合は。
‥怒る？ 照れる？ それとも呆れるのか？
ドキドキしながら、天羽さんの反応を待っていると、やっと言葉の意味を理解したのだろうか。 顔を赤く染め、僕の頬を指で掴んだ。
「か、上岡くんが、そんな事言う人だとは思わなかったわ！」
そう言って、掴んだほっぺたをギュッと捻る。 これはカナリ痛かった。
「い、いはい！ あほうはん！ ほれ、すほふいはい！！」
訳：（い、痛い！ 天羽さん！ それ、スゴク痛い！！）
「何を言ってるのか、分かりません。 もっとして欲しいのかしらぁ？」
ぐぃっと、更に指に力がこもる。 あまりの痛みに、ちょっと涙が出てきた。
「い、いはいっへ！ ほ、ほめん！ もういはないはら！！」
訳：（い、痛いって！ ご、ごめん！ もう言わないから！！）
「う〜ん、やっぱりなんて言ってるのか分からないわ。
‥さっきみたいな事を言えない様に、この口をちゃんと治しておかないとね」
と、少し赤い顔をして、天羽さんはまた指を捻る。 ‥どうやら、照れながら怒って、さらには呆れられている様だ。
涙すら浮かんできた僕は、やはり慣れない事をするんじゃなかった‥‥と、後悔していた。
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天羽にほっぺたを引っ張られたりしている、上岡の姿を見る。 仲が良いな‥と思う。
おかしい所は無い。 ‥そう、全てが今まで通り。 ‥‥なのに、一つだけ違う事があった。
二人が仲良くしているその姿を見て、チクリと胸が痛んだのだ。 ‥何故かは分からない。
星原百合は、屋上にいた。 そこから、校庭にいる二人を眺めていた。
星原は思う。 何故胸が痛むのだろう。 ‥‥上岡さんが、あの人に似ているから？
でも、その考えをすぐに否定する。 ‥似てなんていない。 顔も、仕草も、性格も‥全てが違う。
でも‥そう。 昨日一緒に帰った時にみせた、あの笑顔‥。 部活が楽しいと言って、笑ったあの表情だけは‥少し似ている気がした。
‥あの人は絵を描く事が好きだった。 絵を描くのは楽しいと言っては、あんな風に笑っていた‥それを思い出させる、純粋な笑顔。
その後言ってくれた言葉も、図らずも同じだった。 ‥‥一緒にやらないか？ 優しく笑って、そう言ってくれた‥。
そんな事を言ってくれたのは、あの人と上岡さんだけだった。 ‥思い出すと、また胸がチクリと痛む。
‥でもその痛みが、あの人を思い出したからなのか、下の二人の姿を見ていたからなのか‥その判断がつかず、ただ屋上から二人の姿を眺め続けた。
・・・続く