＜ ９ ＞
「バタン！！」 壊れるんじゃないかと思うくらい、力いっぱい、屋上のドアを開けた。
そして、そこに見えた光景‥‥それを見たとたん、僕の体は、金縛りにかかったように動かなくなった。
そこには確かに、星原さんは、いた。
ただ‥星原さん以外にも、何か分からない物体も一緒にいた。
魔力を感じる事が出来ない、僕にも分かる‥‥あれこそが、優希を怯えさせた、魔力の猛りだと。
遠目で見た時は、巨大なタコかと思った。 幾つもの触覚をうねらせたその姿は、まさにデビルフィッシュ‥悪魔の魚の名に相応しいと思った。
その足元には、光る魔方陣の様な物がある。 そこから、体の一部がはみ出てきている‥‥そんな感じだった。
その、あまりにも禍々しい姿に、僕の体は震え‥‥一歩も動けなくなる。 ガチガチと、歯の根も合わない。
だけど、星原さんの姿を見て‥‥その、魔方陣から出ている触覚の一つが、彼女の首を絞めているのを見て、僕の金縛りは解けた。
恐怖を振り払うように思いっきり叫んで、駆け寄った。
「星原さん！！！ 星原さん、大丈夫！！？？」
「‥‥か、上岡さ‥ん？ ‥‥ど、どうしてココに？ ‥‥約束は、明日の朝のはず‥‥‥」
彼女の言葉に、少し安心した。 どうやら、星原さんは無事の様だ。 首を絞められて苦しそうだけど、まだ余裕はありそうだ。
「ああ。 ７時に待ち合わせって言ってたけど、朝の７時か、夜の７時か聞かなかったからさ。
もし、今日の夜７時に集合だったら、もういるだろう思って見に来たんだけど‥‥‥やっぱり、夜の７時だったか」
僕の言葉に、星原さんは笑みを浮かべた。 でもそれも一瞬。 また、苦しげな表情に戻る。
僕はその間も、何とか触手を引き剥がそうと、力を込める。 ‥だが、ブヨブヨとしたその触手は、ビクともしない。
これは、力ずくで解くのは無理だと諦め、切り離す為の道具を探す。 ‥だが、屋上にそんな物があるハズもない。
僕のポケットには、ハンカチと、さっき掴んだ七角ペンダントしかない。 とてもこれでは、触手は切れない。
どうしようか悩んでいると、苦しげに星原さんが言った。
「‥に、逃げ‥て。 ‥‥上岡さんは‥‥逃げて下さい‥」
「ば、バカ！！ そんなコト出来ないよ！！」
今から戻って、道具を持って来る時間もないだろう。 僕は渾身の力を込め、触手を引き剥がそうと試みる。
顔が真っ赤になるほど力を入れてみるが、やはりビクとも動かない。 ‥どころか、段々と深く絞まっていく気がする。
星原さんの顔色も、段々と蒼白になって行く。
‥こ、このままでは駄目だ！ なんとか助ける術はないか‥と、辺りを見回すと、「‥タッタッタ」と、階段を駆け上る音。
「か、上岡さん！！ ‥‥えっ！？ ‥‥こ、これは‥‥‥これは、一体‥？」
開けっ放しだった入り口に立ったのは、優希だった。 その後ろには、天羽さんの姿も見える。
二人は、うごめく触覚を見て、その場に立ち尽くす。 僕は、その優希が持っている物を見て、叫んだ。
「優希ちゃん！！ カマ！！！ その鎌で、この触手を切ってくれ！！！」
「‥え？ ‥‥あっ、星原さん！！」
今更ながら、優希は星原さんの存在に気づいたようだ。 その首が、触手に絞められている姿にも。
落ち零れと言われていようが、サスガは死神。 こんな化け物にも多少は慣れているのか、金縛りが解けるのも早かった。
優希は、星原さんの下へ駆け寄り、その巨大なカマを振りかぶる。 それを見て、苦しげに、星原さんは口を開いた。
「‥‥だ、駄目‥‥その鎌で、切ってはいけません‥」
その声は小さすぎて、必死な優希には届かなかった。 優希は、その小さな体に出来る限りの力で、鎌を振り下ろした！
『‥グオォォォ‥‥！！！』
「き、きゃあっ！！？？」
触手が見事切り離されると同時に、優希と怪物の声が辺りに響いた。
ピチピチと跳ねる、触手。 そして、優希も体を激しく痙攣させ、その場にうずくまった。
触覚に開放された星原さんは、足元にあった魔方陣の一部を、靴で蹴って消した。 すると、魔方陣から放たれている光が、段々と弱くなって行く。
それと同時に、バケモノの姿も、魔方陣に押し込まれる様に小さくなっていく。
『‥グォォォォ‥‥』
‥‥やがて‥そんな不気味な声だけ残し、その全てが消えた。
屋上を、静寂が包む。 ‥‥‥全身の力が抜けた。 どうやら、助かった‥のかな？
「‥‥ふぅ‥」 安堵のため息を吐いて、その場にしゃがみ込みそうになった瞬間、倒れている優希の姿が視界に入った。
「‥あっ！！ ゆ、優希ちゃん、大丈夫か！？」
うずくまった優希に駆け寄る。 その眉はしかめられ、激しい苦痛に耐えている様だった。 汗の出ている額に、さっきは役に立たなかったハンカチを当てる。
「‥こ、これは？ ‥い、一体なにが‥‥」
「‥‥与えたダメージが、戻ってきたんです‥」
そんな声に、僕は振り返った。 そこに立つのは、星原さん。
「‥ごほっ」っと、小さく咳き込んだが、どうやら彼女も無事の様だ。 少し苦しげに眉をひそめたが、話を続ける。
「‥さっきの怪物の力と、死神の力は似ているんです‥。
傷つけたら、そのダメージが自分にも戻ってくる‥‥だから切るのを、止めたのですが‥」
「も、戻ってくるって‥‥？」
涙を浮かべ、痛みに耐えている優希。 僕がその手を掴むと、ギュッと握り返してきた。 そんな姿を悲しげに見つめ、星原さんは口を開く。
「‥さっきの怪物は、肉体の無い‥‥いわば、精神体なんです。
それを、死神の力で切りかかろうとすれば‥‥繋がってしまうんです。 だから、相手に与えたダメージを、自分も受けてしまう‥」
「‥つ、繋がる？ ‥わ、分からないけど‥‥そ、それって一体どういう事なんだ？」
「つまり‥‥シンクロしてしまうんです。 相手の感覚と、自分の感覚が‥。
ですから今の優希さんは、触覚を一本切られた痛み‥‥。 まさに、腕を切断されたのにも等しい痛みに、耐えている筈です‥」
「う、腕を‥‥切断！？」 叫んで、優希を見つめる。 ‥確かに、その表情は尋常ではない。
涙やら鼻水でくしゃくしゃになった顔は、苦痛に歪められている。 僕はそっと、その顔をハンカチで拭った。
「そ、そんな！！ こんな小さい体で、そんな痛みに耐えられないって！！ ‥な、何とかならないのか！？」
「‥外傷はないので、その繋がった感覚だけを切り離せれば良いのですが‥‥。
‥‥‥‥難しいですけど、やってみましょう」
そう言って、星原さんも優希の傍らにヒザを付いた。 そして、口を開く。
「‥舞波さん‥どこが痛みますか？」
だが優希には、それに答える余裕はない。 体をがくがく震えさせるだけで、声も聞こえていないのかも知れない。
星原さんは、もう一度口を開く。 優希の額に張り付いた髪を、優しく整えながら。
「‥考えて下さい。 ‥舞波さん‥今、どこが痛みますか？」
優希が、星原さんの顔を見上げた。 涙で潤む瞳で、確かに彼女を捕らえた。 星原さんは優しく微笑み、そっと目を閉じた。
すると、優希の体の震えは、段々と小さくなっていった。 ひそめられた眉も、荒かった呼吸も、段々と元に戻っていく。
やがて震えも完全に止まり、安らかな呼吸に戻ってから、今度は星原さんが、苦しげに眉をひそめた。
「だ、大丈夫、星原さん？ ‥い、今‥‥何をしたの？」
「‥舞波さんの精神に進入して、痛みの元となっていた異物を取り除きました。
初めての試みでしたが‥‥何とか成功したみたいですね」
フラフラと、頭を震わせながら、星原さんが言った。
‥精神へ進入？ ‥異物を排除？ ‥‥言葉の意味は分からない‥‥一体今、何をしたのかは、さっぱりだった。
でも、優希は目を開け、体を起こした。 痛みはもう、ホトンド感じていないようだった。 ‥うん、今はそれだけで良いか。 そう思った。
「‥な、何よそれ！！ 死神の力！？ シンクロした！？ ‥‥な、何で星原さんが、そんな事を知ってるのよ！！？？」
‥そして、それだけで良いとは思えない人が、ヒステリックに叫んだ。 振り返るまでもなく、それは天羽さん。
「一体、何があったの！？ 何が起こったの！！？？ 精神に進入！！？？ バカにするのも、いい加減にして！！
大体‥‥さっきの化け物は、何のトリックなのよ！！」
星原さんに詰め寄る、天羽さん。 もうホトンド、ヒステリーだ。 それとは対照的に、星原さんは冷静に口を開く。
「‥先ほどのは、トリックなどではありません。 あの化け物の名は、トリスメギストス‥‥私の敵です」
ギリッ‥っと、鋭い視線で、動かなくなった触手を見つめる、星原さん。 天羽さんは、思いっきり首を振って、更に口を開く。
「名前なんてどうでもいいわ！ そんなの、勝手につけられるもの。
それじゃ、さっきの茶番は！？ 精神に進入って何よ！？」
「‥言葉どおりです。 舞波さんの精神に進入して‥痛みの元となった異物を、排除しただけです」
「だから、それが分からないよの！！ どうやって、他人の精神に進入するって言うの！？」
「‥分からないのなら、超能力とでも考えて下さい。 ‥それ以上説明しても、きっと理解できないと思いますから」
「バカにしないでよ！！！ 超能力なんて、この世にあるワケないでしょ！！？？」
ビシッと、星原さんを指差す、天羽さん。 星原さんは、特に気にした風もないけど、チョット気の毒だ。 僕は、その間に入って口を開く。
「ま、まあまあ、天羽さん‥落ち着いて。 そんなケンカ腰じゃ、話にもならないよ」
すると今度は、矛先が僕の方に向いた。 星原さんを指していた指を僕の鼻先へ移動させ、天羽さんが口を開く。
「話にならないのは、向こうの方でしょ！？ 何で上岡君は、そんなに冷静でいられるの！？ 化け物がいたのよ！？
それに星原さんは、優希さんが死神だって知ってるみたいだし‥‥‥」
そこまで言って、いきなり黙ってしまった。 そして、しばらく考えてから、ジロリと僕を睨む。
「‥‥もしかして。 私には内緒で、星原さんに全部話したの？」
「え？ い、いや‥優希ちゃんの事は、何も言ってないけど‥‥。 そう言えば、どうして死神のコトを知ってるの？」
僕が尋ねると、星原さんは困った表情。 頭を下げて、口を開く。
「申し訳ありません‥‥私、お二人の心を、少し読んでしまいました。
優希さんが只の人間ではない事は、一目見て分かりましたので‥‥放っては置けなかったんです」
「こ、ココロを読む？ ‥‥それって、僕が考えているコトが分かる‥‥超能力？」
「‥はい、そう考えてもらって構いません‥。
質問を介して、相手の思考に侵入する事が出来る‥‥それが私の能力です」
「超能力‥」 と、もう一度呟きながら、星原さんの顔を見つめた。 ‥‥彼女は決して、嘘をついている様には見えない。
というか、星原さんが嘘をついた所を、まだ見たことがない。 そしてこれも、きっと本当の話なんだろう。
「それじゃ、今、優希ちゃんを助けたのも‥？」
「はい‥。 先ほどの質問を介して、精神に進入‥‥そして、痛みを発している感覚を排除しました」
「へ、へぇ‥」と、僕。 はっきり言って、話の半分も分かってない。
でも確かに、優希の痛みは治まったようだし、信じるしかないか‥。 一つうなずき、口を開く。
「うん、じゃあそれは分かった。 それじゃ、この魔方陣‥みたいのは？
さっきの化け物は、ココから出てきたみたいだけど‥‥」
「‥これは‥‥言ってみれば、魔法です。 違う世界へ繋がる魔法‥‥優希さんを元の世界へ戻す為に、準備していました。
でもまさか、魔力を込める前に発動するとは思いもしませんでしたが‥」
「‥あるいは、七角ペンダントが、何かに反応したせいかも知れません‥」と、星原さん。 ‥‥それは、優希がペンダントに触れ様としたコトを言っているのだろうか？
「ふ、ふ〜ん、そっか‥‥。 でも、何で星原さんは、こんな魔法を知ってるの？
これも、超能力で調べたのかな？ 千里眼とかで、ビー‥っとさ」
僕の言葉に、天羽さんがジロリと睨んだ。 僕は、気づかないフリ。 星原さんは、ゆっくり首を振り口を開く。
「‥いいえ。 これは知っていたんです。 以前にも、似た様な事があったので‥‥」
「‥‥似た様なコト？」
僕の質問には、寂しそうな顔をして、首を振った。 ‥どうやら、あまり思い出したくないコトの様だ。
‥にしても、信じられない事ばかりだ。 超能力に化け物‥‥。 でも、この子は嘘を言ってはいない‥‥少なくとも、僕はそう信じられた。
勿論、話の全てが分かったワケじゃないけど‥。 でも僕は、星原さんを信じた。 うなずいて、口を開く。
「‥うん、分かった。 それじゃ星原さんは、優希ちゃんを元の世界に戻す方法を知ってるんだね？」
コクリとうなずく、星原さん。
「‥はい。 この魔方陣と、優希さんの血‥‥そして、上岡さんの持っている七角ペンダントがあれば、恐らくは‥‥」
「七角ペンダントと、優希ちゃんの血？ ‥そ、そんなの、どうやって使うのさ？」
「七角ペンダントは、道しるべです。 それを使えば、もう一つの世界へと導いてくれるでしょう。
それと‥優希さんの血は、この魔方陣を動かす為の‥‥言わばエネルギー源です」
「‥‥えねるぎー？ ‥‥ガソリンみたいな物？ ‥って、この子の血が？」
キョトンと話を聞いている優希の頭に、ポンと手を置いた。 星原さんは、もう一度うなずく。
「はい。 本来この魔法は、人を完全な形で異世界に送る事など出来ない筈なのですが‥‥でもどうやら、優希さんの血には、強い力があるようなので‥。
それを使えば、元の世界に戻れると思います」
‥‥つまりコレは、処女の生き血で動く、怪しげな黒魔法ってコト‥‥なのだろうか？
話が、かなり怪しげな方向へ行ってしまって、僕にはもうお手上げ状態だった‥。
でも、僕がしっかりしないとな‥。 優希はまだ、ダメージから完全に立ち治っていないし。
そして天羽さんは、言わずもがな‥‥さっきから、怪訝な顔で星原さんを見つめるだけだし。
‥‥まあ、天羽さんが信じられないのも分かる。 星原さんの話をまとめると、つまり‥‥。
星原さんは超能力で、僕たちの考えを読んで、優希が別世界から来たコトを知った‥。
そして、たまたま知っていた、優希を元の世界へ戻す魔法の準備をしている途中、事故か何かで、さっきの化け物を呼び寄せてしまった。
‥‥とまあ、こんな感じになるのだろうか？ ‥‥確かに、にわかには信じられないコトのオンパレードだ。
でも、僕は星原さんの言ったコトを信じていた。 彼女の言葉に、嘘は感じなかったから。
‥でも、これも実は彼女の超能力で、そう思わされてるだけなのかも‥‥そう考えて、苦笑。 口を開いた。
「‥‥うん、分かった。 星原さんを信じるよ。 それじゃ、その準備を、僕も手伝‥」
「ち、ちょっと、上岡君！！ い、今の話を信じるって‥‥あなた、正気なの！！？？」
手伝うよ‥そう言おうとする前に、天羽さんが割り込んできた。 かなり混乱してる様だけど‥‥まあ、無理もないと思う。
こんな話を信じるのは‥‥まさにオカルトマニアか、お人よしだけだろう。 そのどちらでもない天羽さんが、信じられないのは分かる。
僕は、出来るだけ天羽さんを刺激しないように、言葉を捜しながら口を開いた。
「う、うん。 星原さんは、嘘をつく人じゃないしね。 そりゃ、なかなか信じられない話だけど‥‥」
「信じられない所の話じゃないわ！！ もう、妄想としか言えない様な事ばっかりじゃない！！！」
ヒステリックに叫ぶ、天羽さんに押され、一歩下がる。 でも何とか納得させようと、もう一度口を開く。
「‥‥ま、まあ、確かに非現実的な話だったけど‥‥でも、それを言うなら、優希ちゃんコトは？
異世界から死神がやってくるコトがあるんだから、星原さんが超能力を使えたってオカシクは‥‥」
「もう、そんな話は聞きたくないわ！！！」と、天羽さんは耳を塞ぐ。 ‥こうなってはもう、手がつけられない。
「異世界！？ 死神！？ 超能力に、化け物！！？？ もう、いい加減にして！！！
あの、触手だってそうよ！！ なんで、切られたのに動いてるの！！？？ 一体、どんなトリックを使ってるのよ！！！」
その言葉に僕たちは、天羽さんを落ち着かせる事も忘れ、その視線の先を追った。
すると確かに、切れて動かなかった触手が、再び活動を開始していた。 うごめいて、形を変え‥‥ついには、光る玉の様な形になる。
「ほ、星原さん、あれは！？」
「‥さっきも言った様に、あれには肉体が無いんです。 ですから、自由に形を変える事が出来る‥‥はっ！？」
説明の途中に、光る玉となった触手が、星原さん目がけ飛んできた。 意外なほど軽い身のこなしで、それを回避する。
だがその先には、半ば呆けていた優希がいた。 「危ない！！」 そう叫んで優希の下へ走るが、とても間に合いそうもなかった。
果たして、光の玉は優希にぶつかり‥‥そして、消えた。
駆け寄ろうとした、そのポーズのまま、僕は止まった。 肩透かしを食らった気分。 ‥‥ぶつかったら、爆発くらいするのかと思ったのに‥‥。
優希はキョトンとした表情。 特に、痛がってる様子もない。 ‥‥一体、今のは何だったんだろう？
星原さんに聞けば、何が起こったか分かるだろうか？
そう思って星原さんの方に視線を向けると、彼女は軽く唇を噛み、苦々しく、優希を見つめていた。
‥なんだ？ 何があるんだろう‥と、僕も優希に視線を向ける。 するとその懐から、使い魔のポチが落ちた。
その、蛇を思わせる緑の体躯は、苦しげにうごめく。
「‥‥え？ ‥‥ど、どうしたの、ポチ」
「手を伸ばしては駄目です！！ 早く、逃げて下さい！！！」
叫ぶような、星原さんの声。 ここまで声を荒げる彼女に、これはただ事ではないと、まだ呆然としていた優希の下へ僕は走った。
そして、優希を横手に抱え、走り去る。 ‥その間も、ポチは苦しげにうごめく。 そしてその体は、段々と大きくなって行く。
「‥えっ！？ ぽ、ポチ！！？？」
優希が、ポチの姿を見るなり、叫んで手を伸ばした。 ‥でも僕は、その巨大化していくポチに邪悪なモノを感じたので、優希を放さなかった。
そのまま星原さんの下まで駆け寄って、半ば叫ぶように言った。
「あ、あれは一体！！？？ ポチは一体、どうなったんだ！？」
「‥さっきも言った様に、あの怪物は肉体を持たないんです。
ですから‥‥肉体を持つ者に取り憑き、それを操る事も可能なんです‥」
「「‥なっ！？」」 僕と優希の声が重なった。 ツチノコとはとても思えない姿に、段々と変わっていくのを見つめる事しか出来ない。
ポチの姿は変わっていく‥‥。 その姿‥‥ゲームやお伽話で良く見る、あの姿は‥‥‥。
「‥‥な、なんだあれは！？ ど‥‥ど、ドラゴン！！？？」
僕たちの誰でもない声が、僕の考えを代弁する。 それで金縛りが解けたかのように動く事が出来た。
声の聞こえた方を見ると、そこには見知らぬ男の人が立っている。
階段への扉。 その前に立つ男の人は‥多分、学校の用務員だろう。 変化したポチを見つめ、ガタガタと震えている。
『キシャァァァァ〜〜〜〜〜！！！！！』
巨体‥まさにドラゴンとも言える姿となった巨体を震わせ、ポチが吼えた。
屋上が揺れる様なその声に、「う、うわぁ〜！！」 と、用務員のおじさんは、ドアを閉め、逃げ出した。
「ガチャリ」 そんな音を聞いた時には、もう遅かった。 ドアに向かって走ったが、もう閉まった後。 閉じられたドアには、カギがかかっていた。
「‥‥カギが閉まった、出られない！！」
ガチャガチャと、ドアノブを回してみるが、ドアは開かない。
頑丈なそのドアは、僕たちが体当たりしても、そう簡単に壊れそうもない。 ‥‥つまり、閉じ込められた。
『キシャ〜〜〜〜！！！！！』
そんな僕に追い討ちをかけるように、再び、ポチが吼えた。 ビリビリと空気が震えるような、スゴイ大声‥‥もう、その姿は、元のポチを思わせる部分などなかった。
‥‥そう。 その姿はまさに、ドラゴン！！
かつて緑だった体は、気高くも白銀に輝く。 その体を覆うウロコは、銃弾ですら弾き返しそうだ。
もう完全に変体は終わったのだろうか‥僅かに身を震わせ、『キシャーーー！！！』 と、再び吼え、体を振るわせた。
・・・続く