＜ １１ ＞
‥辺りは真っ暗だった。 だがそれは、夜の屋上だからではない‥‥真の暗闇。
夜とは言え、どこかしら光は漏れてくる。 街の光‥星の光、月の光が。
だがココには、一切の光が届いていなかった。 絶望が犇く場所‥‥なぜかそんな言葉が浮かんでくる。
そんな暗闇に、一人放り出された。 ‥‥あれ？ 僕は一体‥何故こんな場所にいるのだろう？
さっきまでは‥‥そうだ。 竜となったポチと戦っていたはずだ。
そして、そのポチに一撃入れて‥‥凄い激痛が走って‥‥それから、どうなったんだろうか？
辺りを見回すが、闇以外の物は見えない。 共に鎌を握ったはずの、優希の姿すら。
右も左も‥‥上も下も分からない様な、真の闇‥。 自分が立っているのか、それとも横になっているのかすら分からない空間‥。
‥‥怖い。 こんなに深い闇は怖い‥。 こんな所にいたら、あっと言う間に気が狂ってしまう‥‥そう思える程の恐怖を感じる。 自分で自分の腕を抱いた。
『‥クスクス‥』
恐怖に震えると、そんな声が聞こえてきた。 小さな笑い声。 まるで子供の様な、無邪気な笑い声だった。
「‥だ、誰かいるのか？」
『‥もちろんいるよ。 ここは、私とあなたの場所だから‥』
そんな声と共に、いきなり目の前に女の子が現れた。 驚いている僕を見て、『クスッ』っと笑う。
「‥‥僕とキミの場所？ ‥‥いや、違う。 僕のいる場所はココじゃない。
お願いだから、元の世界へ戻してくれ」
『‥不思議なコトを言うね？ ココは、あなたの世界‥‥あなたが、帰ろうと望んでいた場所なのに』
‥‥僕の世界？ この、暗闇しか無い世界が？ どんな顔をしているのか分からないが、少女は少し寂しげな表情を浮かべている様に思えた。
「‥い、いや‥‥やっぱりココは僕の世界じゃない。 僕がいた場所には、もっと色々あったよ。
建物だって、人だって‥‥って、そうだ！ 天羽さん、星原さん‥‥それに優希ちゃんは！？ 皆は無事なのか！？」
僕が、彼女達の名前を告げると同時に、この暗闇の世界に光が差した。 ‥ほんの小さな光が、遠くの方に。
『チッ‥』 少女が小さく舌打ちをした。 ‥それはまるで、男の様な声だった。 禍々しさを感じさせるような、男の声‥‥。
僕は走り出した。 恐怖も手伝い、その光に向かって全力で。 少女は追いかけてくるコトはなかったが、代わりに男の声でこう言った。
『‥まあ、少し繋がっただけだしな。 今日は、挨拶だけにしておくか‥。
‥‥また、近い日に会おう。 上岡進‥‥』
‥‥その禍々しい声を聞いて、戦慄と共に理解した。 ‥‥あれこそが、星原さんが言っていた真の敵‥‥‥ポチを凶暴化させた敵の本体だと。
‥禍々しい気配‥‥それは、僕の背中で膨れ上がるように大きくなる。 その、あまりにも巨大な力に恐怖を感じ、スピードを上げて走る。
そして、暗闇に見えた一条の光に手を伸ばし‥‥それを掴んだ。
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「‥‥か‥くん かみ‥かくん！ 上岡君、しっかり！！」
そんな声が聞こえて、僕は目を覚ました。 ‥‥最初に見えたのは、女の子の顔。
‥‥女の子？ 一体誰だろう‥と良く見ると、それは星原さんだった。
初めて見るアングル‥‥下から見上げるような感じだったので、すぐには分からなかった。
「上岡君！？ 目が覚めたのね！！」
「‥よ、良かった‥‥このまま目が覚めなかったらどうしようかと‥‥」
そんな声が、左右からステレオで聞こえた。
声の聞こえた方を見ると、右に天羽さん。 左に優希がいた。 二人とも、僕の手を握っている。
‥‥‥‥な、なんだ、この状況は‥？
い、一体僕は、どうしたんだろう‥そう考えると、上から「ポタリ」と、水滴が落ちてきた。
「‥あっ、すみません。 意識のない人の精神に入るのは難しくて‥‥」
そう言って、僕の頬に落ちた水滴‥‥どうやらそれは、汗だった‥‥を拭う、星原さん。
「い、いや。 別に構わないけど‥‥‥ってか、ぼ、僕は一体どうなったの？
な、何で二人して、僕の手を握ってるのさ？」
「ふぅ‥」と、安堵のため息を吐く、天羽さん。 僕の手を握ったまま、少し口を尖らせ、口を開く。
「もう‥人に、心配ばっかりかけるんだから‥‥。
良いじゃない、手をつないだくらい。 それに、こんな可愛い女の子二人が相手なら、手を繋いでも文句もないでしょ？」
「い、いや‥別に悪いとは言ってないけど。 ‥‥てか、可愛いとか自分で言うかなぁ？
‥‥‥‥ま、まあ、確かに、ふ‥二人とも、可愛いとは思うけどね」
天羽さんの眉の角度が上がったのを見て、慌てて弁解する様に言った。 星原さんと優希が同時に、「‥ふふっ」っと笑った。
そして、星原さんが口を開く。
「‥二人は可愛いけど、私は可愛くありませんか？」
「‥‥え゜？ ‥‥い、いや、星原さんも可愛いと思うよ。
でも‥‥あれ？ 僕はなんで、星原さんを見上げてるんだろう‥？」
「‥いつの間に、そんなに大きくなったの？」 そう言うと星原さんは、また笑った。
「見上げてるのは、膝枕をしてもらってるからでしょ？ 良いわねぇ、上岡君は。
こんな美女三人に囲まれてるんだから」
少しすねた感じで、天羽さんが言った。
「‥‥え゛？ ひ、ひざ‥‥まくら？」 もう一度、星原さんの顔を見上げると、彼女は「‥はい」と、小さく笑った。
「う、うおわわぁっ！！！！？？？？？」
慌てて立ち上がる。 と同時に、掴んでいた二人の手を振り払う形となった。 ぶ〜と膨れる、天羽さん。
「なによ。 そんなに乱暴にする事ないでしょ？」
「い、いいいいいいいいいやだって、ひ、ひひひひざマクラだよ！！？？ い、一体、どんなコトがあったら、そんなことになるのさ！？
てか、あれから一体、何があったの！！？？ ‥‥って、そうだ！！ 竜は‥‥ポチはどうなったんだ！！？？」
「‥ポチならココです」
そう言って、優希がヒザの上に抱いたポチを見せる。 「くきゅ〜」‥っと、力無くポチ鳴いた。 さすがに元気はないが、無事の様だ。
「‥そ、そっか。 無事に助けられたのか」
安堵のため息と共にそう言うと、優希がポチを抱えたまま、深々と頭を下げた。
「はい。 上岡さんと、皆さんのお陰で‥。 本当に、ありがとうございました」
「ははっ。 役に立ったなら良かったよ。 ‥にしても、何で僕はココに？ ‥‥‥てか、ココはどこさ？」
キョロキョロと辺りを見回すと、そこは屋上ではなかった。 木々がいくつも並ぶ場所‥‥そして、僕が寝ていたのは、ベンチの上だった。
‥あれ？ このベンチは、つい最近見た記憶が‥‥そう考えていると、天羽さんが口を開いた。
「ここは公園よ。 ほら。 この前、優希さんを連れて来た公園。
上岡君、気絶しちゃったし。 それに学校には、一杯警察とか消防署とか来ちゃったから、慌てて逃げたのよ」
‥そうか、公園か。 道理で見覚えがあるはずだ。
警察が来たのなら、それを呼んだのは、きっと屋上のカギを閉めた用務員さんだろう。
見つかって、色々話を聞かれるのも面倒だ。 逃げるのが上策だろう‥‥と言うか、素直に言った所で、誰も信じはしないだろうけど。
「そっか‥。 でも、あれ？ 僕は気絶してたの？」
すると、申し訳なさそうに星原さんが、頭を下げた。
「‥はい。 御免なさい‥‥まさか、上岡さんまでシンクロして、ダメージを受けるとは思わなかったので‥‥。
そうと知っていれば、一緒には行かせなかったのですが‥」
「シンクロ‥‥って、前に言ってた、相手の痛みが戻ってくるってヤツかな？ そう言えば、スゴク痛かった記憶も‥‥。
‥‥でも、優希ちゃんは大丈夫だったのに、僕だけ気絶するなんて恥ずかしいな」
「あははっ」と笑うと、優希は首を振った。
「いいえ。 私は、そんなに痛みを感じなかったんです。 ‥きっと、ダメージを上岡さんが受けてくれたから‥‥。
ゴメンなさい‥‥私も、こんなコトになるとは思わなかったので‥‥」
ショボンと落ち込んだ優希を見て、苦笑。 ポンっと、その頭を軽く叩き、口を開く。
「いやいや、役に立ったなら良かったって言っただろ？ ‥‥まあ確かに、もう味わいたくない痛みだったかな。
ゴメン。 あんなに痛いとは知らず、やっつけろなんて言って」
「い、いいえ！ 私の責任なんですから‥‥私がもっとしっかりしていれば、ポチが暴走する事もなくて‥‥」
「‥それは違います。 まさか魔方陣から進入するとは思わず、不用意に準備していた私が悪いんです。
優希さんは、悪くありません」
「‥いえ、私が‥」 「違います、私が‥」 と、二人で言い合ってるのを見て、もう一度苦笑する。
「‥はいはい。 どっちが悪くても、もう良いわ。 終わった事ですもの。 それよりも、先のコトを考えましょう。
星原さん‥あなた、自分が知ってるコトを全部話してくれるって言ったわよね？」
「パンパン」と手を叩き、天羽さんが言った。 星原さんは、うなずく。
「‥はい。 私が知っている事‥‥以前、体験した事を、全てをお話します」
「あ、あの‥‥私も聞いていても良いですか？」
おずおずと、優希が言った。 星原さんは、もう一度うなずき口を開く。
「‥はい。 きっと、優希さんにも必要となる情報ですから‥。 これから起こる戦いに、きっと役立つと思います」
「‥‥戦い？」 天羽さんが言うと、星原さんは真剣な表情を浮かべ、うなずく。
「‥はい。 天羽さんも、きっと無関係ではないと思うので、一緒に聞いて下さい。
そう‥‥あれは、まだ私が中学生の頃の話です‥‥‥」
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それから、星原さんは全てを語った。
かつて星原さんも、優希と同じ世界にいたこと‥。 好きになった人が、七角ペンダントの力に取り憑かれた事‥。
救おうとして、それを果たせなかった事‥。 その罪滅ぼしの為、七角ペンダントを破壊しようと誓った事‥。
色々調べ、こちらの世界にも七角ペンダントがある事を知り、世界を渡った事‥。 その際、本当の星原さんを、元の‥優希の世界に送り出した事‥。
そして、同じ七角ペンダントを持つ僕を監視していた事‥その全てを。
‥‥その話は、死神の存在なんかよりも信じられない事ばかりだった。 全てを話し終え、「ふぅ‥」と、小さく息を吐く。
「‥これが、今、私がお話できる全てです。 信じる信じないは、皆さんにお任せします‥」
天羽さんは、頭痛でもするのか‥頭を抑えながら口を開く。
「お任せするって‥‥‥とても信じられるワケないでしょ？ そんな話‥‥。
大体‥それなら、あなたは星原さんじゃないんでしょ？ 本物の百合はどうしたのよ？」
「‥今の私は、星原百合です。 それ以外の何者でもありません。
そして‥‥以前の星原百合は、もう一つの世界で暮らしているはずです‥‥」
面白くない‥そう言わんばかりに、ブスっと、天羽さんが口を尖らせた。 ‥無理もない反応だと思う。 知り合いが、全く知らない人と入れ替わっていたんだから。
「‥それでは、準備室で床が光ったのは、もしかして‥？」
優希の言葉に、申し訳なさそうに頭を下げる、星原さん。
「‥申し訳ありません‥‥恐らくそれは、私が昔使った、転移の魔方陣でしょう。
一度使えば、二度と発動しない筈だったのですが‥‥きっと優希さんの血には、特別強い力が込められているのですね」
「あ〜っ！！ もう！！」 と、天羽さん。 自分の頭を、グシャグシャと掻きまわす。 そして、叫んだ。
「魔法だとか転移だとか、もうそんなのばっかり！！ しかも百合は、いつの間にか別人になってるし！！
‥と言うか、なんで百合を、そんな別の世界に送ったりしたのよ！！？？」
「‥申し訳ありません。 その事は、後で説明します。 少し落ち着いてからでないと、受け入れられないと思いますから‥」
頭を下げ、星原さんが言った。 腰に手を当て、天羽さんはため息。
「‥今の時点で、もうじゅ〜ぶん、受け入れられないわよ！
‥‥それで？ 上岡君は、今の話を信じたのかしら？」
矛先がいきなり僕の方を向いた。 不機嫌そうな口調に、僕は慌てて口を開く。
「そ、そうだね。 そりゃ信じられないコトばっかりだけど‥‥でも、他に説明が出来るワケじゃないし。
‥‥うん、僕は信じたよ。 前にも言ったけど、星原さんは嘘を吐く様な人だとは思わないからね」
そう言うと、星原さんは少し嬉しそうに、「‥ありがとうございます」と言った。 何が面白くないのか、天羽さんは「フンッ」っと、そっぽを向く。
「えぇえぇ、そうでしょうとも。 私は頭が堅いだけの頑固者だけど、星原さんは素直で正直な人だって言いたいんでしょ？」
「い、いや‥‥そんなコトは言ってないけど。 ‥‥じゃあやっぱり、天羽さんは信じないの？」
‥‥いや。 頭が堅いとも、頑固者とも前に言ったかも‥‥そう思いつつ僕が聞くと、天羽さんは、僕の顔をチラリと見た。
そして、「はぁ‥‥」‥と、盛大なため息を吐いて、口を開いた。
「‥‥とても信じられないし、信じたくない話けど‥‥‥‥でも、だからと言って、否定する気はないわ。
‥‥‥もう良いわ‥‥私、諦めた。 ‥お次はなに？ ＵＦＯでも飛んでくるのかしら？」
そう言って、おどけるように両腕をあげる。
「あ、天羽さん‥‥た、確かに、気持ちは分かるけど‥‥」
僕が、取り成すようにそう言うと、「‥冗談よ」と、天羽さんは苦笑。
「‥‥さっきも屋上で言ったけど、上岡君が信じたのなら、私も信じてあげる」
「‥ほ、ホントに？」 僕が嬉しさ半分、信じられない気持ち半分で聞くと、天羽さんはもう一度苦笑。
「ええ。 ‥‥とは言え、完全に信じたワケじゃないからね？
上岡君は、可愛い子の話だとスグ信じちゃうから、私が付いてないと心配でしょうがないし‥。
‥特に星原さん！ 上岡君が、バカ正直でお人よしだからと言って、騙そうとしたら承知しないわよ！？」
ビシッと指差す天羽さんに、「‥はい、心して置きます」と、真面目な顔で答える、星原さん。
「‥‥僕は、お人よし？」と、自分の鼻を指差しながら聞くと、「‥あ、あはは‥‥」と、優希は困った様に笑っただけで、答えなかった。
・・・続く