＜ １２ ＞
そして、戦いの終わった次の日‥‥日曜日の朝。 僕たちは、再び公園へと集まった。
その林の奥。 外からは見えづらい位置に描かれた魔法陣。 その怪しげな紋は、確かに屋上で見たのと同じ様に思えた。
屋上の魔法陣は、警察が屋上を封鎖していて使えない。 星原さんが、もう一度描けると言うので、場所を変えこの場所で準備する事となった。
「‥おはようございます」
僕が林を抜けると、すでに来ていた星原さんが言った。 僕は手を上げ、口を開く。
「うん、おはよう。 ‥二人はまだ？」
「はい。 上岡さんが、一番乗りです」
「ははっ。 一番乗りは、星原さんじゃないか。 ‥‥と言うか、もしかしたら、昨日からずっとそれを描いてたの？」
地面に描かれた魔法陣は、とても複雑そうに見える。 描くのも、かなり時間がかかるだろう。 そう思ったが、星原さんは首を振る。
「‥いいえ。 少し下準備をして、昨日は帰りました。 主に描いていたのは、今日の朝です‥」
「そっか。 じゃあやっぱり、一番乗りは星原さんだね。 ご苦労さま」
「‥いいえ。 元はと言えば、私のせいですから‥」と、星原さん。
優希がこちらの世界へ来てしまったコトに、まだ責任を感じている様だ。 僕は、励ますように、少し明るい口調で言った。
「ん〜‥でもまあ、事故みたいなモンだったし。 しょうがないよ。
優希ちゃんも怒ってないと思うし、そんなに気にしなくても良いんじゃないかな？」
「‥全く‥‥上岡君は、星原さんに甘いんだから‥」
元気付けようと、僕が言った言葉に反応したのは、星原さんではなかった。
ガサゴソと、林をかき分け現れたのは、天羽さんと優希。 優希は昨日も、天羽さんの家にお泊りだ。
「星原さんを、あんまり甘やかしちゃダメよ？
調子に乗ったら、また昨日みたいな騒ぎを起こすかも知れないんだから」
天羽さんの言葉に、「‥申し訳ありません‥」と、落ち込む星原さん。 僕は慌てて、口を開く。
「ま、まあ、昨日のコトだって、事故みたいなモンじゃないか。 星原さんのせいだけじゃないよ」
「もう‥‥上岡君は、星原さんの肩ばっかり持つんだから‥‥。 優希さんも、何か言ってよ」
天羽さんが、一緒に来た優希に言った。 優希は、困った様に笑い、口を開く。
「は、はい‥でも確かに、星原さんのせいじゃありません。 この世界に来てしまったのだって、私がドジで、指を怪我したせいですし‥。
それに昨日だって。 私がちゃんと逃げていれば、ポチを暴走させるコトもなかったんですから‥」
昨日のコトを思い出したのか、「ゴメンね、ポチ」と、鎌にくくられたポチに優希が言った。 「クキュー」と、大分元気になったポチが鳴く。
「‥それに、この世界に来たのは、悪い事ばかりじゃありませんでした。
こんなにも素晴らしい人たちとの、出会いもありましたから」
そう言って優希は、満面の笑み。 僕も天羽さんも、少しだけ顔が赤くなる。 ‥何せ、「素晴らしい人」なんて言われたのは、生まれて初めてだ。 ‥きっと天羽さんも。
星原さん一人だけは、小さく笑っただけだった。 「コホン‥」 と、小さく咳払いし、天羽さんが口を開く。
「もう‥‥優希さんも、お人よしなんだから‥。 元の世界に戻っても、悪い人に騙されない様にしてよね？」
「ふふっ。 はい、気をつけます」
と、優希。 天羽さんと顔を見合わせて、二人で笑っていた。
そして、一人冷静な星原さん。 地面に座り、最後の準備を始める。
「‥では、名残は尽きないと思いますが‥‥そろそろ始めましょう」
「キュッ」っと、魔法陣に、最後の一筆を入れた。 すると、ホンの僅かだけど、魔法陣が光った様に見えた。 天羽さんが、顔をしかめる。
「‥‥それ、大丈夫なの？ また、昨日みたいな、化け物が出てきたりは‥」
「‥多少の危険はあります。 でも、手段はこれしかありませんから‥‥。
それに、触覚一本を切り落とされたのですから、多少のダメージが残っている筈です。 ‥しばらくは、活動を控えるでしょう」
そう言っている間も、魔法陣は輝きを強めていく。 怪訝そうな天羽さん。 ‥でも優希を帰す方法は、確かに他にあるワケでもないので、黙ってその準備を見守った。
何やら魔法陣に力を込める、星原さん。 やがてそれも終わり、立ち上がる。
昨日の化け物が出てくる事もなく、準備は終わった様だ。 口を開いた。
「それでは優希さんは、この魔法陣の中へ‥。 それと上岡さんは、七角ペンダントを貸して下さい」
優希は慌てて「は、はい！」っと答え、魔法陣の中へ。
そして僕は、そっと手を出した星原さんに、ポケットから取り出したペンダントを手渡した。
手の中のペンダント‥‥それを複雑そうな表情で見つめた後、優希の足元へ置いた。 ‥心持、魔法陣がさらに輝いた気がした。
「では、優希さんは血を‥。 どこでも良いですから、鎌で切って、血を魔法陣に与えて下さい。
そうすれば、この世界に来たときと同様に‥‥魔法陣が発動するはずです」
「あっ、はい」
素直に鎌を指に当てようとして‥‥それを、途中で止めた。 そして僕たちに向き直り、深々と頭を下げる。
「皆さん‥‥本当に、ありがとうございました。
私のドジで来てしまった世界でしたけど‥‥皆さんに出会えて、本当に嬉しかったです」
「う、うん、それは僕たちもさ。 優希ちゃんと出会えたお陰で、色々面白い体験も出来たしね」
僕の言葉に、「‥面白いと言うより、異様な体験ばかりだったけどね」 と、苦笑しながらもうなずく、天羽さん。
星原さんは、ただ優しく微笑んだだけだったが、それで想いは通じたようだ。 優希は嬉しそうに微笑む。
「はい‥ありがとうございます。 ‥‥ココに来て、とても大切なコトを教えてもらった気がします。
‥特に、上岡さん。 上岡さんには、色々として頂いて‥‥感謝してもしきれません」
「あ、あははは‥。 ぼ、僕こそ、何もしてないけどなぁ。 僕は校内を案内したくらいで‥色々調べてくれたのは、天羽さんだしね。
それに、元の世界に戻してくれるのは、星原さん。 昨日だって、僕は何も出来なかったよ」
僕の言葉に、優希はゆっくりと‥‥でも、力強く首を振る。
「‥‥いいえ。 上岡さんには、とても大切なコトを教えて頂きました。
お陰で私‥‥元の世界に戻っても、色々と頑張れそうです」
「‥な、何か教えたっけかな？ ‥‥で、でもまあ、役に立ったのなら良かったかな」
そう言って笑うと、天羽さんは苦笑。 星原さんも、楽しそうに笑う。 優希は、「はい！ ありがとうございました！」 と、もう一度頭を下げた。
そして、頭を上げた優希は、少し寂しそうな表情で、星原さんを見つめる。 星原さんは、小さくうなずいた。
「‥元の世界のみんな‥‥きっと心配していますよ。 名残は尽きないと思いますが‥‥」
星原さんの言葉に、優希はうなずく。 ‥そして、鎌を指に当て、涙を浮かべて口を開いた。
「‥皆さんに出会えたコト‥‥一生忘れません。 もう二度と、会う事はないかも知れませんが‥‥決して！！」
そう言ってから、鎌で指を切りつけた。 血がポツリと浮かび上がる。
その血が零れ落ちると同時に、魔法陣が輝きだす。 七角ペンダントも輝き、幻想的な光で辺りを照らす。
魔法陣が溢れんばかりに輝いた時。 星原さんが、一歩進んだ。 そして、光り輝いていく優希に、何かを話し始める。
僕には、何を言っているのか聞こえなかったが、優希はうなずいた。 そして、最後に言った言葉に、驚きの表情。
そして、何かを言おうとする前に、光が収束し始める。 魔法陣へ‥‥その中心の、七角ペンダントへと。
ピカッ！！
一際眩しく輝いた瞬間。 あまりの眩しさに、僕は目を閉じた。
‥‥そして、もう一度目を開いた時には、優希の姿はどこにもなかった。
魔法陣も七角ペンダントも、もう光ってはいない。 星原さんは、魔法陣の中心からペンダントを拾い上げ、僕に差し出した。
「‥‥優希ちゃん‥‥これで、元の世界に戻れたんだよな？」
ペンダントを受け取りながら僕が聞くと、星原さんは優しく微笑んで、うなずいた。
「‥はい。 きっと今頃は、好きな方の腕の中‥‥でしょうね」
そう言って、少し悪戯っぽく笑った。 ‥腕の中？ と、僕が首をかしげると、天羽さんが口を開く。
「でもまあ‥‥これで、肩の荷が一つ下りたわね。
‥それで？ 最後、あの子になんて言ってたの？」
「‥‥大した事ではありません。 少々、伝言を頼んだだけです‥」
そう言って、星原さんは空を見つめた。 まるでその先が、優希の旅立った先だと言うように。
だから僕も天羽さんも、星原さんに習い、空を見上げた。 ‥‥そこに広がるのは、見事な秋晴れの空。
‥‥目を凝らせば、優希の旅立った先が見えるのではないか‥‥そう思えるほど、澄んだ青空がそこにはあった。
・・・エピローグへ