＜ ８ ＞
かりんはまず、落ちていた（‥と言うか、さっき俺が落とした）松明を拾い、腰につけた残りの松明に、その火を移した。
そしてそれを、部屋の四隅に投げる。 広い部屋が、明るく照らされた。 これで、足場もしっかり見え、動きやすくなるだろう。
だがそれは、戦いやすくなると同時に、圧倒的な恐怖をも生み出した。
‥‥ドラゴン。
暗くてよく見えなかったその巨体が、ついに白日の下に晒された。
それはまさに、伝説上の生き物だった。
知性は人を上回り、数百‥あるいは、数千・数万年も生きるとされる。
その鱗は鉄よりも硬く、並の武器では傷ひとつつけられない。
そして、その口から吹く炎のブレスに耐えられる生物などない。 まさに、地獄の業火と言うに相応しいだろう。
‥そんな、ゲームや漫画から得た情報が、頭に浮かぶ。 でもそれは、あながち間違いじゃなかった‥‥そう思える威圧感があった。
明るくなった部屋で見るドラゴンは、まさに恐怖の象徴。 慣れたと思っていたが、とんでもない。 俺の体は、まるで金縛りにあったかのように動かない。
『‥ガチガチ』と、歯の根の合わない音を立てながら、小さく体を振るわせることしか出来なかった。
だけど、かりんは立ち向かう。 ドラゴンの‥‥その、圧倒的な姿にも全く憶さず、槍を構えた。
巨大なドラゴンと戦う少女。 それは、幻想的な光景に見えた。
『キシャー！！！！！』
戦いの火蓋は、そんなドラゴンの咆哮で下ろされた。 「‥ひぃっ」‥と、情けない声を出して、その場にへたり込んでしまった程の咆哮。
だけど、かりんは動じない。 一瞬でその間合いを詰め、槍の一撃を振るった！
「やぁっ！！！」
『ザシュッ！！』
鉄よりも硬いとされる、竜の鱗。 だがしかし、さすがはかりん。 そして、さすがは封印されていた伝説の武器。
神の槍（ニセモノ）は、見事その鱗を切り裂いた。
『‥キシャーー！！？？』
痛みに、体をよじるドラゴン。 前足の攻撃を、かりんは華麗に避ける。 そして、避けざまにもう一撃入れる。
『ザシュッ！！』
『キシャーー！！？？』
巨体が仇となったか。 かりんの攻撃は、面白いように決まっていく。
だが、鱗を切り裂けたとしても、致命打を入れるのは難しい。 巨体ゆえ、相当深く刺さなければ、表面を傷つけるだけに終わる。
だけど、それに焦って、深く一撃を入れようとはしない。 かりんは、着実にダメージを与えていった。
確かに、ドラゴンは強い。 その攻撃は全て、必殺の威力を秘めているのだろうけど‥‥当たらなければ意味がない。
冷静に戦い続ける限り、それが、かりんに当たるコトはないだろう。 『ザシュッ』 ‥また鱗が一枚吹き飛んだ。
『キシャーーーッ！！！！』
三度ドラゴンが吼えた。 そして深く息を吸うのを見て、かりんが初めて、緊張に眉をひそめる。
「‥火を吹きます！！ 逃げて下さい！！」
そう叫ぶと同時に、かりんの姿が消えた！ その一瞬後、ドラゴンのブレスが、同じ場所を撫でる。
『ボォォ〜‥‥』
「‥あ、アチ、アチッ！！」
その炎は、火炎放射器‥‥と言うよりも、まるでレーザーの様。 かなり離れた位置にいた俺のトコロまで、熱風が来た。
だがそれも、かりんは余裕で避けた。 無防備な敵の懐に入り込み、強烈な槍の突きを、深々と刺し込んだ！
『ザシュッ！！』
『‥キシャーーーーー！！！！！！』
炎を口から零しながら、ドラゴンは痛みに暴れる。 炎の余波を食らい、「アチチ！」と、俺は転がるように逃げ惑う。
だが、そんな暴れるドラゴンの懐に、いつまでも残っているかりんではない。 深く刺した槍を引き抜き、すごいスピードで間合いを開ける。
今の一撃は、致命打ではないにしろ、かなりの痛手を与えたようだった。 激しい痛みに、狭い部屋でドラゴンは暴れまわる。
『ビタン、ビタン！』と、激しく尻尾を打ち付ける。 そして、狭い天井を削り取りながら、頭を大きく振る。 まるで地震の様に、洞窟が揺れた。
離れた位置からドラゴンの様子を伺っていたかりんが、ふと、恐怖にへたり込む俺を見た。
そして、勝機を感じてか、多少余裕のあったその表情が、驚愕に変わった。
「‥ま、牧村さん、危ない！！！」
「‥‥へっ？」
危ないって‥‥何がだ？ ドラゴンは暴れているが、すぐに攻撃が届く範囲にはいない。 ヘルハウンドも‥‥まだ、出てきていないようだ。
何も、危ないモノは見えなかった。 だけどかりんは、戦いの中ですら見せなかった程の緊迫した形相で、こちらに走って来る。
「上です！！ 危険ですから、早く逃げてぇ！！」
そんなかりんの絶叫に、「‥上？」と見上げる。 すると、天井から大きな岩が落ちて来ているのが見えた。
恐らく、ドラゴンが頭をぶつけた衝撃で、天井の一部が崩れたのだろう。 それは、俺の体の倍はある巨大な岩だ。
「‥‥‥あっ」
逃げないと‥‥そう思ったが、体が動かない。 恐怖に腰が抜けている。
岩は大きく、その落下スピードは、確実に俺が逃げるよりも速い。 ‥そして、助けに走るかりんは、あまりにも遠かった。
半ば諦め、ただ頭上を見上げる俺に、かりんの絶叫が聞こえた。
「‥伏せてっ！！！」
その声に伏せる間もなく、風を切る音が聞こえた。 『‥ブンッ！！』‥と、圧倒的なスピードで、何かが岩に突き刺さった。
『‥‥ズン！！』
‥そして最後に、そんな大重量の岩が、地面にめり込む音が響いた。
その巨大な岩は、俺を押しつぶし‥‥は、しなかった。 俺の、ホンの数センチ横に落下していた。
「‥‥‥あ、あれ？ た、助かった‥‥‥のか？」
‥いや違う。 確かに岩は、俺の真上に落ちてきて‥‥そして俺に、逃げる余裕はなかった。 助かる術は、なかったんだ。
すぐ横に落ちた岩を見上げると、そこには深々と刺さった槍の柄が見えた。 それは、さっきまでかりんが使っていた槍。 ‥盗まれた、神の槍。
‥それを見て、やっと分かった。 かりんが槍を投げて、その威力で、落ちてきた岩の軌道を変えてくれたのだと‥。
だけど‥‥かりんはどうしたんだ？ あんな激しい戦いの最中に、槍を投げてしまって‥‥かりんは大丈夫なのか？
かりんの方を見る。 渾身の力で槍を投げたかりんは、大きく体勢を崩していた。 そこに、暴れるドラゴンの尻尾が襲い掛かる！！
「あ‥危ない！！！」
そんな、俺の叫びは間に合わなかった。 あまりにも致命的な隙を見せた、かりん。 ‥その無防備な体に、ドラゴンの尻尾が命中した！
『‥ゴン！！！』
「‥‥ぐっ！！？？」
遠心力のある、尻尾の一撃！！ かりんはまるで、紙切れの様に吹き飛ばされた。 そして、凄まじい音を立てて壁に打ち付けられる。
『ドゴン！！！』
‥そんな、凄まじい音が響く。 そしてその威力で、壁に大きく亀裂が走った。 それだけで、その一撃に込められたパワーが、どれほど凄まじく強力だったかが分かる。
さしものかりんも、それきり動かなくなった。
『‥‥ドクン！』
俺の心臓が、大きく鳴った。 ‥今、起こったコトが理解できなかった。
あれほど強いかりんが、まさか動けなくなるなんて‥。 いくらドラゴンが相手とは言え、俺にとってはありえないコトだった。
かりんは動かない。 ドラゴンは、感情の無かった瞳を憎しみで満たし、そのかりんを睨む。 そして、大きく息を吸った。
「‥‥ま、まずい、火を吐くぞ！！ かりんちゃん‥‥かりん！！！」
俺が叫んでも、かりんは微動だにしなかった。
‥それを見て、頭上に岩が落ちてきても恐怖で動かなかった俺の体は、勝手にかりんの元へ走り出していた。
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‥‥って、なんで俺は、かりんの元へ向かっているのだろう？ 今までにないスピードで走りながら‥‥でも、なぜかユックリと感じる時の中で考えた。
‥‥と言うか、かりんの元へ辿り着いたとして、俺はどうするつもりなんだ？ かりんは動けない。 ‥俺が、かりんを抱えて逃げ出すとでも言うのか？
‥‥そんなのは無理だ。 俺は、騎士でもなければ、優秀な運動神経を持っているワケでもない‥普通の高校生だ。
その俺に、そんな大それたコトが出来るはずもない。
大体‥‥ほら。 全力で走ったトコロで間に合わない。 かりんはあまりにも遠いのに‥‥ドラゴンの口からは、チロチロと炎がこぼれ始めた。
このまま走って行ったら、ドラゴンが吐く炎の中に突っ込むコトになる。 ‥助けるドコロか、二人仲良く黒こげだ。
そう‥。 騎士協会に入った、泥棒の様に。
黒こげになった死体を思い出す。 苦しまずに死ねるかも知れないが‥‥絶対に、こんな死に方はしたくないと思った。
‥‥だけど俺は、走るのを止めなかった。
もう、絶対に間に合わない‥それは分かっている。 なのに、なぜか俺の脚は止まらない。 また一歩、かりんの元へ脚を動かす。
‥‥なんでだ？ このまま逃げれば、俺だけは助かるかも知れない。 どこか‥まだ見つけていない出口を探し出し、無事に逃げ出せる可能性もある。
少なくとも、このまま走っていくよりは、確実に長生きできるし‥‥きっとかりんも、それを望むだろう。
だけど、俺の脚はまた一歩進んだ。 ‥かりんの方へと。
ああ‥‥理屈じゃないんだな‥と。 また一歩脚を動かしながら思った。
恐怖で体が動かなかったように‥‥今、理屈でこの脚を止めるコトはできない。 ‥そして俺は、唐突に気づいてしまった。
お世話になってるから、誕生日を祝いたいだとか‥。 かりんに恩返しがしたいから、依頼の手伝いをするだとか‥‥そんなのは間違いだったと。
「‥‥‥そっか。 俺は、いつの間にやら、かりんが好きになってたんだ‥」
こんなにも絶望的な‥‥間違いなく死に向かうであろう道を進めるほどに‥深く。
かりんの喜ぶ顔が見たかったから、プレゼントを探し‥。 かりんと一緒にいたいから、こんな洞窟までやってきた。 ‥そして今は、かりんを死なせたくないから走る。
‥‥なら仕方ないか。 惚れた女の子を守るタメなら、この脚を止めるワケにはいかない。
例え、助け出せる可能性がどんなに低くても。 助けに走るのが男ってヤツじゃないかな‥‥なんて。
そんなコトを考え、また脚を一歩動かしながら、俺はニヤリと笑った。
‥無理なのは分かってる。 だけど、最後まで希望は捨てない。
僅かな可能性だが、俺がかりんを抱えて逃げきれる可能性もゼロではない。 ‥だが、動かなければ完全なゼロだ。
本当に、絶望的なまでに僅かな可能性だけど‥‥この脚が止まらない今、それに賭けるしかない。 また一歩、脚を踏み出す。
俺は走る。 かりんは、まだ動けない。 意識があるのかすら、ここからでは分からない。
そして、ドラゴン。 俺の想像よりも早く、火を吹く準備を終えていた。
‥マズイ。 このままじゃ、俺がかりんの元へ着く前に、火を吹きそうだ。
‥やはり、無理なのだろうか？ 普通の高校生の俺が、ドラゴンに‥‥まさに、死の象徴とも言える竜から、かりんを助け出すなんてコトは。
‥あ〜、そりゃムリさと思った。 と言うか、ムリなのは最初の一歩を踏み出す前から分かっていたコトだ。 ‥だけど俺は、助けるタメに走り出した。
‥なら、やっぱり助けたい。 かりんと一緒に死ぬのも悪くないが‥‥やはり、かりんには生きていて欲しい！！
ドラゴンが、息を吸うのを止めた。 ‥ついに準備は終わった。 次の瞬間には火が吹かれ、かりんは‥‥。
「‥‥くそ‥‥くそぉっ！！！
助けるんだ！！ ‥絶対俺が、助けてやる！！！」
絶叫！ 無意識のうちに叫び、俺はさらにスピードを上げた。 脚が、限界を超える運動を求められ、悲鳴を上げる。
痛む脚を叩く。 もう二度と、脚が動かなくなってもいい‥‥だから、もっと速く動きやがれ！！
とにかく今、かりんが助けられれば‥‥俺は、どうなっても構わない！！
本気で、そう想った。 凄い形相で、脚も砕けんとさらにスピードを上げる俺の頭の中に‥‥ふと、声が響いた。
『‥良いでしょう。 貴方を‥‥認めましょう』
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かりんが目を覚ますと、巨大な生物が、コチラを睨んでいた。
「‥‥くっ！」
それがドラゴンだと分かり、慌てて逃げようとする。 ‥だが、さっきの尻尾のダメージが大きく、体が動かない。
ドラゴンの口からは、炎が漏れていた。 もう、次の瞬間には火を吹きそうなほどの勢い。
‥それを見て、かりんは諦めた。
唯一、攻撃の通じる武器は投げてしまった。
あれだけの勢いで投げてしまっては、岩から引き抜くのも容易ではないだろう。 そんな余裕を、このドラゴンが与えるとは思えない。
‥そして、体もしばらく動かないだろう。 広範囲に広がるブレスを避ける術など、今のかりんには無かった。
自分を睨む、ドラゴン。 そして、その口から零れ落ちる炎。 それを見ても、最後に考えたのは自分の安否ではなく、牧村のことだった。
‥岩に下敷きになるのは避けたようだが、その後どうなっただろう？ なんとか無事に、この洞窟を出られると良いのだけれど‥‥と。
もう、生き延びる術のないかりんは、ただ祈るコトしかできなかった。 絶望的な死の象徴を前に‥‥だが、微笑みすら浮かべて、かりんは小さく呟いた。
「牧村さん‥‥どうかご無事で‥‥」
ドラゴンを見つめながら、かりんは、最初で最後。 神に祈った。
そんな、乙女の祈りが通じたのかは分からない。 ‥通じたとしても、ズイブンとひねくれた神様だったろう。
かりんの目の前に、無事を祈った牧村の姿が突然現れた。
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「‥‥あれ？
え、えっと‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥よう」
状況のつかめない俺。
いつの間にやら、目の前に現れたかりん。
俺はその顔を見て、何を言って良いか分からなかった。 ‥取りあえず、そう言って、手を上げてみた。
だけど、状況がつかめないのは、かりんも一緒だったようで‥。 俺の声にも反応せず、祈るような格好で、ただ呆然と俺を見上げているだけだった。
「あ〜‥‥と、無事‥‥か？ ‥って、それより早く逃げないと！」
取りあえず、お見合いしててもしょうがないと思いついた。 動かないかりんを抱きかかえ、立ち上がる。
かりんは、思ったよりも軽かった。 だけど、持ち上げた途端、ムリをした脚に激痛が走る。 ‥でも、ココでひざを付くワケにもいかず、我慢して立ち上がる。
「‥きゃっ！？ ‥‥ま、牧村さん？ 牧村さんが、なぜココに！？
‥って、それよりも早くお逃げ下さい！！ ど、ドラゴンが炎を！！！」
「あ、ああ、そりゃ逃げるさ！ ‥しっかり捕まってろ！！」
そう叫んで、地を蹴った！ かりんを抱きかかえた俺にしては、ありえない程の大ジャンプ。
その一瞬後を、ドラゴンのブレスが襲い掛かる。 俺たちがさっきまでいた場所が、炎に包まれた。 ‥だけど、間一髪、なんとか間に合った。
「‥‥そ、そんな。 私を抱えて、一瞬でここまで動けるなんて‥‥。
ま、牧村さん‥‥‥貴方は、本当に牧村さんですか？」
呆気に取られたかりんが、腕の中で、俺を見上げながら言った。
「えっと‥‥多分な。 かりんちゃんの言ってる牧村だと思うけど‥‥」
「‥‥そ、そんな‥あり得ません！ 牧村さんは、ここまでの運動神経をお持ちではありませんでした！
鍛錬を積めば、それは可能でしょうけど‥‥で、ですが、いきなりここまで‥‥」
「あ〜‥そりゃ確かに、かりんちゃんの言う通りだな。 ‥てか、俺にも良く分かってないんだ。
なんか、いきなり体が軽くなったと言うか‥」
そんな無駄話をしている背後で、また『ゴォォ‥‥』と、大きく息を吸う音が聞こえた。 慌てて走りだす。
「‥って、その話は後でな！ 今は逃げないと！」
『ボオォォ〜‥』っと、勢い良く火を吹いた。 レーザーの様なその炎を、今回も何とか避けた。
だが今度は、ブレスを吹きながら首を動かす。 炎が、部屋中、あちこちを焼き尽くす。
「‥って、今度は無差別攻撃かよ！」
叫んで逃げる。 だがしかし、首を動かすだけで軌道を変えられる炎が相手では、あまりにも分が悪すぎる。
このままでは逃げ切れない‥そう思ったかりんが、俺の腕の中で暴れ始めた。
「‥お、降ろして下さい！ 今の牧村さんなら、一人で逃げればあるいは‥‥」
「ば、バカ！！ 死んでも降ろさないぞ、俺は！！
‥てか、暴れると走りづらいから動くな！！」
俺が叫ぶと、かりんは『ビクッ』っと、体を強張らせ、暴れるのを止めた。 目の前に現れた炎に、急旋回。
「‥‥ど、どうして‥‥ですか？
どうして、私なんかを庇って‥‥」
小さく、かりんが呟いた。 またもや目の前に現れた炎‥どうやら、多少は狙って火を吹いてるらしい‥を避け、俺は口を開いた。
「‥んなの、わかんねーよ！！
わかんねーけど‥‥でも男なら、好きな子を守って戦うのは、当たり前のコトだろ！？」
「‥え？」と、顔を赤くして、俺を見上げるかりん。 ‥あ〜、しまった。 思わず言ってしまったか‥と、後悔するが、口を出た言葉は戻しようが無い。
それで慌てたか、走った先の岩に脚を取られた。 かりんを抱えたまま、倒れこむ。
それでも何とか、かりんを抱き寄せ、怪我はさせないように頑張った。 ‥おかげで、背中に岩が当たり、とても痛かった。
「‥ま、牧村さん！！！」
かりんの絶叫。 その声に見上げると、逃げようも無い距離に、炎が襲い掛かってくるのが見えた。
‥さすがに、ナゼか絶好調の俺でも、これを避けるのだけはムリだと、一瞬で理解した。 それでもせめて、かりんだけでも‥‥そう思って、盾となるようにその小さな体を抱き寄せた。
だけど、意味はないだろう‥‥この炎の前では。 激しい炎に、俺達二人は巻き込まれた。
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‥‥その炎は、思ったよりも熱くなかった。 ‥と言うか、ゼンゼン熱くない。
‥あ〜、そうか。 一瞬で燃えて、もう俺は死んでるんだな‥。 死んでれば、そりゃ熱さも感じない。
痛みがなかったのは儲けモノだったが、かりんを助けられなかったのは残念だ‥。
でもまあ、かりんと一緒に死ぬのは、まだ良い終わり方かもな‥。 そんなコトを考えて、微笑んでみる。
‥すると、そのかりんの声が、俺の胸の中で聞こえた。
「‥‥こ、これは‥？
‥ま、牧村さん！！ ‥い、一体、これはどうしたコトですか！？」
「‥はぁ？ どうしたコトって‥‥俺達、死んだんだろ？ ほら、炎に焼かれてさ。
‥そりゃ、痛みもないくらいアッサリ死んだから、混乱するのも分かるけど‥」
「ち、違います！！ 辺りを見て下さい！！」
「‥辺りを？」
そう言って、閉じていた目を開ける。 そこは天国か、はたまた地獄か‥‥そう思ったが、どちらでもなかった。 元通りの洞窟と、元通りのドラゴン。
炎は、確かに俺達に向かって吹かれた。 だがしかしその炎は、まるでドームの様に俺達を避け、届くコトがなかった。
「‥‥‥あ、あれ？ これは‥‥‥かりんちゃんが、何かしてんのか？」
俺の言葉に、かりんは小さく首を振る。
「い、いいえ。 ドラゴンのブレスを弾く程の結界‥‥。 こんな強力な結界は、見たコトもありません。
先ほどから、凄い運動神経を見せていますし‥。 牧村さんが、何かなされているのでは？」
「‥俺が？ そりゃまあ、なんかさっきは頑張ったけど‥‥。 でも、チョット頑張ったくらいで、こんなコトはできないって。
こりゃ一体‥‥」
そう言って、頬を掻こうとして、やっと気づいた。 俺は、この部屋で見つけた、呪いの剣を持ったままだった。
だけどそれは、最初に見た時とは少し違った。 黒い刀身は、怪しく輝き‥‥何か、脈打ってるようにも見えた。 それを見て、かりんが絶句。
「‥そ、それは‥‥‥‥ま、まさか、竜殺しの剣！！？？」
「‥‥りゅう‥‥ごろし？
なんだ？ その‥‥どっかの、地方のお酒みたいなのは」
「ち、違います！ お酒ではありません！ ドラゴンを殺す為に作られた、魔剣のコトです！！
竜に対する特効の他に、その剣を持つ者は、ドラゴンの攻撃を受け付けないと聞いた事があります」
「‥‥受け付けない？ ‥‥ってコトは、この炎が届かないのも？」
俺がそう言うと、かりんは頷く。
「はい‥恐らくは。 ですが、ここまで強力な結界を張れる剣があるとは‥‥」
関心したように、かりんと俺が見守る中。 さしものドラゴンも息が続かなかったか、火の勢いも弱まり、やがて消えた。
そして、炎が完全に止まると同時に、俺の体は、俺の意思を無視して動き出した！
「‥ああ！ ま、牧村さん、何を！？ そ、そちらには、ドラゴンが！！
いくら竜殺しの剣があっても、危険です！！ 戻って下さい！！！」
「‥そ、そりゃ、この剣に言ってくれぇ！！！」
そう言った通り、俺の体は剣に引っ張られるように動いていた。 向かう先は‥‥かりんが言ったように、ドラゴンの方。
近づくと分かる、その巨体。 威圧感に脚が震えるが、それでも剣は先に進む。 そして、ブレスを吹き終えたその無防備な懐に潜り込み、その剣は切りかかった。
『ザシュッ！！』
『‥キシャーー！！！？？』
たった一刀‥‥さして長くない刀身にも関わらず、その一刀は、かりんの一撃よりも深く、竜を傷つけていた。
痛みに暴れる竜の動きを、完全に見切ったように、その死角を走り、また一刀入れる。
『‥キ、キシャーーッ！！？？』
ドラゴンが、絶叫する。 俺に向けて爪を振るうが、それを紙一重で避ける‥‥と言うか、勝手に避けさせられる。
‥だが、そんな無茶な動きに腕が‥‥脚が痛む。 さっき、かりんを助けるタメにもムリをしたし‥‥俺の脚は、当の昔に限界を超えていた。
「‥そ、そんな‥‥いくら竜殺しの剣とは言え、圧倒的過ぎる‥‥。
‥‥‥ま、まさかあの剣は？」
そんな、かりんの呟きが遠くに聞こえた。
剣は、俺の体が限界を超えているコトなど気にした風もなく、俺の体を無理やり動かし、また剣を振るわせる。
『ザシュ！！』 『ザクッ！！！』 『ズバッ！！』
振ろうとすると重く感じたのがウソのように、今は剣が軽い。 まるで、体の‥‥腕の一部になったかの様に。
鱗をはがされ、血まみれになったドラゴン。 その最後のあがきか、頭をもたげ、まさに最後の力を振り絞り、凄いスピードで噛み付いてきた！
‥速い！！ それは、竜殺しの剣ですら見切り違えた速さだったのか、逃げる術もなかった。
そのまま噛み砕かれるはずだった俺を救ったのは、『‥ブンッ！！』っと、さっきも聞いた、風を切る音。
『ガァァァアァッ！！！！』
ドラゴンの絶叫！
俺の、すぐ横を通り過ぎた‥‥ドラゴンの最後の力を振り絞った一撃よりも速かった、それは‥‥槍だった。
ドラゴンの右目に、深々と突き刺さっていたのは、槍。 もう何度も、俺を助けてくれた‥‥かりんの槍だ。
そしてその槍は、今度も俺を救ってくれた。 ふと後ろを見ると、槍を投げ終えた格好で、かりんがこちらを見ていた。
「‥今です！！！」
かりんが叫んだ。 俺は頷いて、ドラゴンに向き合う。
そして、剣を大きく振りかぶり‥‥残った全部の力を使い、思いっきり振り下ろした！！
「‥いっけえぇーーーーーーーーーっ！！！！」
その一刀は、見事ドラゴンの首を刎ねた。 悲鳴すら上げるコトを許さず‥‥ついに、ドラゴンの巨体は、『‥ズズン』と大きな音を立て、地面に崩れ落ちた。
・・・続く