＜ プロローグ ＞
目が覚めて、最初に見えたのは白い天井だった。 俺…牧村功司は、しばらくその白い天上を、ボーっと眺めていた。
「……つーかコレ、俺ん家の天井じゃないぞ？」
そんな基本的なコトに気付いたのは、数分ほど天井を眺めた後。 やっと目だけではなく、意識も覚めてきた。
辺りを見回すと、やはりそこは自分の家ではなかった。 見えたのは、白い壁と白いカーテン。 壁には、日めくりカレンダーが飾ってある。
「１０月１１日…？ …あれ、今日って１１日だったか？
……つーかココ、病院？」
周りの環境を理解していくと、逆に疑問が増えていく。 取り合えず確かなのは、ココが病室っぽい部屋だと言うコト。
そして俺は、その部屋のベットに寝かされているらしい…と言うコトだけだ。
…ワケが分からない。 俺、病院のお世話になるコトがあったかなぁ…と考えるが、何も思い浮かばない。
もう少し現状を理解するタメに起き上がろうとしたら、体が痛くて起き上がれなかった。
「…いてっ？ …な、ナンだよ？」
痛みの正体……いや、体中が痛いと言えば痛いんだけど。 取り合えず一番痛いのは、右手だった。 見れば右手には、ギプスが巻いてある。
固そうなギプスは、骨折時に使うモノのようだ。 …まあ、骨折なんてしたコトがないから、正確には分からないが。
クイクイと指を動かしてみる。 …うん、少し痛みが走るが、指は動く。 骨折と言っても、それほど重傷ではないらしい。
それじゃ逆の左腕はどうか…そう考えて動かそうとしたら、そちらの手も動かない。
だがソチラは、別に骨折しているワケではなかった。 左手は強く、誰かに握られていた。
「…春日さ…………じゃなくて、瑞希？」
俺の手を強く握り、ベッドに倒れるように眠っていたのは、幼馴染の春日瑞希だった。
その寝顔には疲労の色が濃いが、長年見慣れた幼馴染の顔だ。 俺が瑞希を見間違えるワケがない。
…と言うか、なぜ最初に『春日さん』…などと呼びそうになったのやら。 小さな子供の頃からの付き合いなので、最初から瑞希のコトは名前で呼んでいた。
今まで一度だって、『春日さん』なんて呼んだコトはないのに…。 そんなコトを考えていると、『ズキリ』と頭が痛んだ。
「…イテッ！？」
右手で痛む頭を押さえようとしたら、『ゴンッ』とギプスで頭を打ってしまった。 …固い角が当たったらしく、ものスゴク痛い。
瑞希に掴まれた左手を強引に離し、痛む頭を押さえる。 しばらく押さえてから、その手を見るが…特に血が付いたりはしていなかった。
…良かった。 これ以上怪我が増えたら、もうまるでミイラ男だ。
「……ん〜…？」
そんな気の抜けた声を上げたのは、瑞希だ。 俺が手を離した時に、目が覚めてしまったようだ。
眠そうな目をこすり、焦点の定まらない瞳で俺の顔を見る。
ジックリと１分ほど俺の顔を見つめた後、やっと瞳に輝きが戻る。 ガバッと立ち上がった。
「……こ、功司君っ！！？？」
「…お、おう。 まあ俺は功司だけど。
つーか、それより瑞希。 ココは一体……」
『ココは一体ドコで、俺は一体どうしたんだ？』 そう続けよとした言葉は、『ガバッ！』っと抱きついて来た瑞希に遮られた。
「なっ？ …なあっ！？」
驚いて声を上げる。 瑞希とは長い付き合いだし、確かに恋人とも言える関係になったコトもあったが…いきなり抱き着かれれば、サスガに驚く。
引き剥がそうとしたが、その前に、また頭に痛みが走る。 『…グッ？』 痛む頭を、無事な左手で押さえる。
恋人……瑞希は、俺の恋人だったっけ？
…そう言えば、告白したような記憶もある。 公園で…その時確かに、瑞希は頷いてくれた。
だけど、その後……と、昔のコトを思い出そうとすると、段々と頭痛が強くなってきた。 強く左手で頭を押さえる。
すると、俺に抱きついていた瑞希が、逆にギュッと俺の顔を胸に抱き寄せた。 胸の柔らかさをホホに感じ、うおサスガにコレは気持良い……ではなく、恥ずかしすぎる。
慌てて離れようとしたが、（ナゼか）怪我だらけの体では思うように動かない。 胸の中で暴れる俺に、瑞希が優しく言った。
「…もう良いの。 もう全部、終わったから…そんなに苦しまないで…」
優しい…だが、少し辛そうな声。 その瑞希の声を聞いて、俺は暴れるのを止めた。 抱き寄せられたまま力を抜く。
…そして気付いた。 瑞希は小さく震えている。
「良かった…良かった…」と小さく繰り返す瑞希。 声と共に、『…ポタリ』と俺の頭に水滴が落ちる。 …それはきっと、瑞希の涙。
…何があったのかは分からない。 分からないが…恐らく俺が何かやらかして、瑞希を悲しませていたのだろう。
俺自身よりも、瑞希を安心させるためにジッと動かずにいた。 …いや、胸の弾力が気持ちいいなんて理由は、少ししかないぞ？
そして、そんな瑞希の抱擁は、病室に入って来た看護婦さんが、驚いて医者を呼ぶまでの長い間、続いていた。
・・・続く